たとえば誰かが誰かを好きでいると、その感情が色になってぼんやりと見える。 想いが強ければ強いほどそれははっきりとした色になり、さらに『矢印』という形になって想われ人に向かって一直線。 『あのヘタレが誰を見てるかなんて、聞かんでもわかる。延々とうじうじして、うっとおしいったら無いッスわ』 『いややわ光きゅん、そっと見守ってアゲるのがワタシたちの役目や〜ん』 チームメートは「あからさまな視線」だというが、そうでは無く実際に色が見えるのだ、といっても信じてくれるのは破天荒で無邪気な後輩ルーキーくらいだ。 たとえば後輩曰く『聞かんでもわかる』忍足謙也。 彼が好きな人を前にすると、一気に体中から淡い桃色が出てきて、綺麗な大きな矢印が相手に向かって伸びていく。 昔から似たような矢印はたくさん見てきたので、その桃色が何を指しているかはすぐにわかったが、これほど大きくて綺麗な桜色は初めてで、なるほどコレが『好き』という気持ちの表れか、などと改めて思ったものだ。 『よっしゃあ、たこ焼き仰山食ったるで〜!!』 『金太郎はん、まだそれ焼けてへん』 何もその矢印は恋愛感情のみに出てくるのではなく、色々な『好き』という気持ちの表れなのだろう。 後輩ルーキーからよく出てくる矢印は、主に大好物を前にしたとき。 はっきりとした原色の黄色が食べ物に向かって一直線。黄色なら大好きな『食べ物』と決まっているわけではなく人によって違うので、コレが石田であれば好物を目の前にすれば透き通った深い緑色になる。 『小春〜、見てみぃ!めっちゃおもろいで。よっしゃあ、次はコイツらのお笑いライブ行くか!勉強勉強』 『おいコラまてやユウジ、これからお好みおごる約束やろ!!ババ抜き大会最下位の精算、ええかげんにつけろっちゅう話や!!』 お笑いをこよなく愛する一氏ユウジが、気に入ったコンビのお笑いライブについて熱く語る時、彼から放たれるのは明るい水色。対象者が近くにいるわけではないので矢印が出ないこともあるが、そのコンビのポスターや携帯で映像を見ているときなどはその画面に向かって矢印が飛ぶ。 これがダブルスペアの金色の場合、好きなアイドルについて語るとパールピンクの光沢のある桃色が、お花つきでぴょんぴょんと飛んでいるので、同じ『好きな芸能人』に対する『好き』だとしても、やはり人によって色が違うのだなと感じる。 一概に『好き』といっても、それが恋愛感情なのか友愛か、はたまたアイドルやスポーツ選手などのある意味『偶像』に対する憧憬かは、矢印と色だけではわかりかねることもある。けれどどのような愛であれ、その人の『好き』という気持ちということははっきりしているので、それを解析するつもりもなければ結局は他人事なのでそこまでの興味もない。 ただ、『今日も色々な矢印が出とる。賑やかっちゃね』―そう思うだけ。 こんな話をすると唯一信じる後輩ルーキーは、目がチカチカして疲れないのかと心配そうに聞いてくるが、人の『好き』という気持ちは綺麗なもので、確かに自分の視界には様々な色が広がっているけれど、疲れるほどでも、気になるほどでもない。 そう、他人の『好き』の矢印は意識しないようにしていて、よほど珍しい色でなければもはやあまり気にならなくなってきている昨今だけど、つい最近みた矢印は気にせずにはいられないものだった。 『ハ●ウッドドリームザライド?それともスパ●ダーマン先がええ?』 『ハリーポ●ター。ねぇ白石、先にホ○ワーツ見にいこ!!』 あれは春休みだったか。 東京から遊びに来た他校生を、大阪のテーマパークに案内したときのこと。 例の『聞かんでもわかる』忍足謙也の桜色の矢印が向かう先の想われ人が、謙也の従兄弟とともに謙也不在の大阪に遊びにきた。 なんてタイミングの悪い男なのだといない間に散々茶化されていた忍足謙也は、毎年恒例の家族旅行で海外に行っており残念なことだったが、ちょうどどんぴしゃな日程で遊びに来た氷帝生は、謙也の従兄弟とともに大阪の街を遊び歩いた。 その際に、やれユニバーサルだ梅田だ難波だ天王寺だ京都だと日々を満喫し、その何れも謙也のチームメートの四天宝寺の面々とともに行動したものだった。 毎日皆が同行したわけではないけれど、比叡山から日吉大社、琵琶湖ルート時は石田、白石とともに千歳自身も参加した。 大阪の繁華街で食い倒れの時は遠慮したけれど、遠山や一氏・金色ペア、そして財前が一緒だったというし、ユニバーサルには全員で一緒に周った。 『ここへ来たらバタービール飲まなアカン!ええな、芥川クン!』 『おう!飲む飲む〜!!って、そういやバタービールってなに?』 『はい!?自分、ハリー○ッターの本か映画、観てないん!?』 『本読んでない。映画もみたことないC〜』 『!!!信っっっじられへん。うちにDVD全部あるから、今日夜うちに来なさい』 『えぇ〜?なんで』 『朝まで鑑賞会や!1から7まで、全巻観なアカン』 『オレ、映画って何観ても眠くなっちゃうしなぁ。あ、そだ。白石、あらすじ教えてよ。それでいーや』 氷帝生の大阪滞在中、気づけば一緒に肩を並べて会話していることが多かったこの二人。 白石から矢印が出ていたので、当初は単純に友達として好きなのだなと思っただけだった。何も白石に限らず、芥川に向けては遠山や忍足侑士からも矢印が出ていたし、忍足侑士が色々と面倒を見ているシーンを何度もみたので、可愛い弟のようなものなのか、と彼からは『友愛』を感じ取れた。最も、遠山にとっては同じ目線で遊んでくれる同士を見つけたような、そんな友情だと思われるが。 そして白石からの矢印は芥川へ向けるものだけではなく、基本的に近しい者たちへは何かしらの『好意』を持っているためか常に出ている色がある。遠山へ伸びる矢印は、手のかかる後輩に困りながらも愛情あふれる感情が見て取れるもので、清々しい純白。一氏や金色、石田、そして千歳へも似たような白色系の矢印。 これが白石の『友情』の色なのだな、と思っており、氷帝生の大阪滞在中も同じような白色が白石から出ている……くらいの感覚だったのだけれど、そこへ徐々に別の色が混じりだし、それがいつもの白石には無い色だったため余計に目を引いた。 濃い、赤…?いや、紫? 謙也の桜色と同系色ではあるものの、それよりももっともっと濃い、赤味がかった鮮やかな紅紫色。 昔から見えているこの『矢印と色』が人の『好意』を指すならば、白石の紅紫色は間違いなく芥川に対する好意の表れなのだろうが、彼からの『友愛』の色が白色系なことを考えれば、この赤い色合いは一体何なのだろうか。 千歳の統計的に、桃色、桜色、赤色、朱色、とこのような色味が入っているものは『恋愛感情』が混じるものが多い。 あくまで他人の感情が形になった矢印なので、気にしないようにしているとはいえそれが身近なチームメートともなれば少しは気にかかってしまうのも事実。それでも口に出さないけれど、忍足謙也から伸びる矢印はそれはもう綺麗な桜色で、彼の想う人が誰かはさておき、珍しくいい色を見せてもらったと初めて見たときは気分が高揚したものだった。 白石蔵ノ介は、自身の感情を隠すのがとてもうまい人物。 チームメートや仲の良い友達への矢印は一様に白色系で、それ以外の矢印はあまり見たことがない。 好物を目の前にしたり、テニスで強い相手と対戦しているときなども感情の色が出ることはあるが、それでも基本的には黄色の混じった白や、緑がかった白など、やはり白がベースになっているものだった。 そんな彼が異性に対して矢印を発しているところは今まで見たことが無ければ、白色系以外の矢印も見覚えが無い。 しかも今まで皆と一緒に謙也をからかっていた白石から、謙也と同系統の赤色系の色が出てきて、その矢印の向かう先が謙也の『綺麗な桜色』と同じ相手だなんて。 (これは……やっぱそういう事、やんね) この氷帝生と楽しそうに会話している白石を見ると、やはりそういうことなのかと思わずにはいられないけれど、千歳にとっては『色と矢印』というフィルターがかかっているから余計にそう見えるだけなのかもしれない。現に、色を除けば白石の態度は『いつも通り』だし、他の皆は特に何かを感じているわけではない。ただ、芥川の春休み大阪滞在の数日間で、彼へと向かう矢印だけが色濃くなっていく様をまざまざと見たためか、まるで『会うたびに想いが強く』を地で行くような光景に『やっぱそういう事、やんね』と結論づけた。 千歳の『結論』は誰に言うことではない。 ただ、自分で見たものをそうカテゴライズしただけで、何をどうこうするわけでもないので、今まで通りに過ごすだけだ。 たとえこの先『綺麗な桜色』と『鮮やかな紅紫色』の矢印がどうなって、彼らの色が変わっていったとしても、二人の仲がどうなっていくとしても、ただの傍観者として見守るのみ。 どちらも美しくて、純粋で、清楚な想いの結晶。 見ていて気持ちが良く、嬉しく楽しい気分にさせれくれる陽の気が溢れるものなので、願わくばこの色が濁らなければいい。 二人のベクトルが向かう先、芥川が放つ色とその矢印の行く先が見えていても。 ―それは、千歳だけの秘密。 (終わり) >>目次 |