「ジローくん。ちょっとお願いがあるのですが」 「なに、急に」 「来週の土曜日なんだけどさ」 「ヤだ」 「即答すんな!」 「どうせバイト代わって、でしょ?」 「察しが良くて助かる」 「だから、ヤだって」 「なんでだよ〜」 「シフト決めるとき、オレ29日はオフにしたいって言った」 「…そうだっけ?」 「そうだよ。そしたら英二、29日は暇だからシフト入るって。そんかし30日はオレが出ることになったんじゃん」 「けど土曜日は夜に貸切入ってんだぞ?俺一人でなんて、むーりむり」 「店長いるし」 「ほとんどバーカウンターじゃん。運ぶのもオーダーも、俺一人!」 「先月の貸切、オレ一人でしたけど?」 「ソウデシタッケ?」 「そうだよ!しかもそれ、英二がゼミ旅行の日程忘れて、前日に泣きつくから代わりに3日間通しで出てやったんだろー?オレだって予定いれてたのに」 「非常に助かりました」 「今回はダメ!絶対やだ。29日は一人で出てよ」 「だから、俺も土曜は用事が出来て―」 「知らねぇC。だいたい、土曜に貸切あるのなんて前から決まってた。一人でホールになるけど、英二、平気だって言ったっしょ」 「……でしたっけねぇ」 「でした。それに、日曜はオレ出るもん。土曜は英二、日曜はオレ、で今月のシフトは決まっておりますー」 「日曜一人より、土曜貸切のほうがツライ!」 「何言ってんだよ。日曜は昼も開けるし、ランチタイムちょー混むじゃんか。貸切っていっても料理決まってるし、せいぜいドリンクくらいでしょーが」 「む?貸切ナメんなよ?」 「オレ先週一人で貸切やったっての!」 「あ、ソウデシタネ」 「それに、29日の貸切は忍足んとこじゃん。顔見知りだし、あそこは皆ドリンク取りに来てくれるし、オーダー取りと皿片付けるくらいで楽でしょーが」 「そうだけど〜」 「ぜってぇヤだかんね」 「なー、そこを一つ。頼むよぉ〜」 「だいたい、29日はオレは用事あんの!だからシフトも入れなかったの。いくら英二にも用事できて土曜出たくないって言っても、オレだって代われません!」 「なんの用事だよ〜、そんなに必須?」 「そっちこそ。ほら、言ってみなよ。何で代わって欲しいわけ?」 「それは…」 「英二のマストは28日の誕生日って言ってたっしょ」 「うっ…」 「オレの方が先に28日と29日の休みで店長にOKもらってたけど、英二がこの前できた彼女とどうしても誕生日過ごしたいっていうから28日の昼間、代わってあげたんですよねぇ?」 「…ハイ」 「28日の夜は元々A先輩だけだったけど、英二は昼間シフトで入ってたよね?誕生日だけど予定ないから昼はバイト入るーって」 「……その通りデス」 「オレ、金曜昼過ぎから土曜昼間まで予定あるから28-29日のシフトは休みで店長も、A先輩、B先輩、C子さん、オーナー、英二もみーんなOKもらってた」 「はい、すみません。28日昼間、代わってもらってアリガトウゴザイマス」 「けど英二が彼女と遊びたいって言うから、予定を夜からにずらしてまで夕方までバイトに入ってやってんだよ?」 「ほんと、感謝してます」 「だから29日はぜーってぇ無理!やだ!代わるなら先輩とか、他の人に相談して。オレはダメ!」 「そこを何とかさぁ〜、先輩なんてぜってぇ無理!A先輩、土日は彼女と温泉旅行だし、B先輩は試験前だし、C子さんは週末ぜってぇ入んないし。バイト代わってなんて言えるわけねぇし」 「言ってみなよ。案外代わってくれるかもしんねーじゃん」 「言えないし、代わってもくれねぇって!」 「だったらオレにだって言っても無駄!代われません!予定はもう決まっててずらせませんー。28日の昼間シフトに、英二の代わりに入ってやるだけ有難いと思えよ」 「いや、だから、それは本当に感謝してるって。でも、次の日も〜」 「むーり、むーりむり。やだ」 「なんでだよ〜」 「用事だって言ってんダロ」 「そこを何とか」 「英二より大事な用事だから」 「なんだよそれ」 「どうせ彼女と初のお泊りで、翌日まったりしたいからバイト入りたくないとか、そういう理由でしょ?」 「うっ……」 「なに、図星?」 「ううう…」 「いくらなんでも夕方からなら入れるでしょ?店長にお願いすりゃいーじゃん。15-22時じゃなくて、17時入りさせてもらえませんかーって」 「……28日から泊りがけで小旅行に行きたいのですが」 「行けばいーじゃん」 「29日夕方からシフト入りすると、あんまりゆっくりできない」 「はぁ?知らねぇC」 「出来れば2泊3日で金沢とか、そのへん行こうかと」 「あー紅葉ね〜、でももう11月末だし、終わってんじゃないの?…って、2泊3日??フザケンナヨ?」 「そこを何とか」 「無理。何度頼まれても無理。オレ、29日夜は本当に用事あるし。ただでさえ28日昼からの予定を夕方にずらしてやってんだぞ?これ以上ずらすの無理。どうしても29日出たくないならオレじゃなくて、B先輩かC子さんか、店長に言って」 「B先輩試験前だぞ?最近シフトもそんなに入ってないのに、出てくれるわけない。C子さんは平日しか入んねーし、週末なんて混むのに、さらに貸切一人なんてぜ〜ってぇ聞いてもくんねーよ」 「じゃあA先輩」 「だから温泉旅行だっての」 「なら英二が諦めるしかないでしょ」 「でも〜」 「あのね、バイトとはいえ仕事なんだよ?ちゃんと契約交わして、月一のシフトを決めて、それぞれ予定提出して組んでるっつーの。冠婚葬祭とか学校のどうしても外せない用事とか、そういうのならともかく遊びたいから休むって、どうなの?」 「くっ…」 「そんなに大きい店じゃないし、バイトも数人でやりくりしてんだから。そりゃ用事が出来て休みたいのはわかるけど、代わりの人見つけられないなら自分が出るしかないし、それでもどうしても出れないなら『代われない』って言ってる同じバイトに頼むより、正直に店長に言って相談するしかないでしょ」 「……」 「それで貸切をホール無しで店長とキッチンだけでまわすのかは店長が決めることだし、そういう事情ならC子さん出てくれるかもしんないし。たまにヘルプに入ってくれる他店舗のD先輩とかEさんとか、貸切さばくだけなら入ってくれるかもしんないよ?」 「…!」 「オーナーか店長に聞いて、他の店からヘルプもらえないか、とかさ。当日急遽英二が体調崩して入れなくなったーとか、そういう緊急事態なら店長一人でホールまわすしかないけど、前もって『どうしても休みたい』ならまず店長に相談。何も聞いてくれなくて『ダメだ』ってなっても、他店舗のヘルプとか、色々案を出せばいいでしょーが」 「!!そっか」 「どうしてもダメなら、貸切の幹事は忍足なんだから、相談してみれば?日付変更か、事情話して協力してもらうか」 「協力って」 「オレらの友達価格、ってことでいつもかなり割引してもらってるし、忍足たちだとドリンクをカウンターに取りに来て運んでもらっても店長何も言わないっしょ。普通ならお客さんに運ばせちゃダメだC。けど忍足たちのグループだし、ある意味身内みたいな感覚で店長も見てくれてるから、ある程度の融通聞く。ついでに土曜は料理も取りに来てくださいってお願いすれば、聞いてくれそうだけど」 「…でもなぁ」 「もちろん忍足たちのグループ以外ならありえないけど、だいぶ割引とサービスしてんだし、そんくらいお願いしても簡単にオッケーしそうだけど。たまに皿洗いするくらいだし」 「…そういえば」 「この前の貸切のときだって、終わったあと皿洗い、テーブル片付け、掃除とか、閉店後に手伝ってくれたじゃん。忍足も、他の皆も」 「……ん、アリかなぁ?」 「英二がどうしても29日休むなら。で、誰も代わりにシフト入れる人が見つからないなら、その手もあるってこと」 「聞いてみるかぁ」 「貸切が忍足たちでラッキーだったね」 「…だにゃあ」 「ということでこの話は終了。そろそろ戻らないとA先輩がお腹すきすぎて倒れるから、じゃあね」 「俺も戻ろっかな〜」 「英二はあと15分残ってるっしょ。いいよ、A先輩きたらダメもとで29日代わってくれないか、話してみなよ」 「……温泉旅行」 「A先輩、最近彼女とうまくいってないんだって。温泉旅行面倒くさいってこの前言ってたから、案外すんなり代わってくれるかもよ?」 「!」 「じゃ、またあとでね」 「…ハーイ、行ってらっしゃ〜い」 ―芥川くんと入れ替わりで休憩室にやってきたバイト先のA先輩は、まかないをかっこみながら菊丸くんの最近出来た彼女について色々話をふってきて、和気藹々と話が進んでいったが自身の恋愛はうまくいっておらず迫る温泉旅行に気が重いらしい。 『行きたくない…』と声のトーンが下がったため、冗談のノリでバイトかわってくださいよ〜なんて言う菊丸くんに『考えておく』だそうで。僅かな可能性を感じた菊丸くんは、とりあえず保険として店長とオーナーに相談しようかどうか、本日あがるまで考えてみることにしたようだ。 (終わり) >>目次 |