流行の紅茶専門店へ奇跡的に並ばず入れたのはいいが、周りを見渡すと女子高生、女子大生と、とにもかくにも若い女性だらけで、居心地悪い……なんて感じる思春期は、あいにく幼い頃からの生活環境ゆえか微塵も経験したことがない。 幸い、中学時代からの親友は乙女心がバッチリわかるいわゆるオトメンなため、彼もこういうお店に抵抗がなく入れるタイプ。 中学の頃は、よく二人で『女子が好むスポット』なぞ何のその。あらゆるところへ遊び歩いたものだ。 高校で離れ離れになってからは、前ほど一緒にいる機会は減ってしまったが、中学三年間を経て大親友になった二人の絆は揺るがない。『ラブルス』などと呼ばれ、相思相愛を楽しんでいたあの頃とは違い、卒業後は互いに彼女がいたこともあったので、純粋に『小春は俺のモンや!』『ユウく〜ん』などとお決まりのパターンで周りを笑わせていた時とは多少異なる関係に落ち着いてはいるものの、互いが互いを一番わかっている―『親友』という定義がピッタリな気がする、今の二人の関係。 今もこうして、府内随一の進学校へ通う金色小春、その向かい側には大親友と同じ高校へ通うには偏差値が足らず、それでも『絶対に無理だ』と散々言われながらも同じ高校を受験するという体と金を張ったボケをかました一氏ユウジ。 いつものシーンならこの二人だけで、女の子だらけのカフェだろうがお構いなしにキャッキャするだけで終わる放課後ティータイムなのだけど、本日は予定外の人物がいて、先ほどから金色を独り占めしている。 (何をぐだぐだ考えとんねん) 一氏にとっては久しぶりの元チームメートで、『元気やったかー?』なんて再会を喜べる間柄のはずだが、お店に入ってからずっと大親友が慰め続けて、二人で会話が進んでおりお茶をすする一氏は置いてけぼり。別に会話に入っても良いのだけでど、元チームメートは一氏ではなく金色に相談をしにきており、そこに一氏の意見は求められていない。 席についてすぐ『それのどこが悩みやねん』と言ってしまったのが悪かったのか。 『ユウくんはちょっと黙ってよか〜』などと親友に諌められてしまったら、ひたすら紅茶をごくごく飲み続けては二人を眺めるしか出来ないワケで、いくら差し湯はタダといってももはや5杯目。茶葉の出も悪くなり、渋みも出だしたからしてもうこの紅茶は終了。 入荷したてのヌワラエリアの香りと味を楽しむ前に、面白くない気持ちでせっかくの一番茶を飲み干してしまってからは、何だか気のぬけた味に感じて仕方ない。 「せやねぇ、それは悩みどころやんなぁ」 「俺…もう、どうしたらええかわからん」 「好きなんやろ?」 「…好き……うん」 「ほんなら、今はまだ自分の心に正直でもええんちゃう?」 「ん……好きでいて、ええよな?」 「そんなん、当たり前やん。謙也くん、医者になんねやろ」 「…医大が、第一希望」 「なら、誰も何も言えないくらい、立派なお医者さんになりや」 (何の話をしとんねん) 中学時代の元チームメートの悩み事は、いわゆる『恋愛沙汰』なのだけど、沙汰というには一方的な彼の片思いアレコレな話。 誰にも言えない……というわけではなく、彼の片思いは仲間内では周知の事実で、周りの連中はついからかってしまうからか、彼本人がこうして自身の恋愛ゴトを相談できる人は少ないらしい。 その筆頭が、一氏の大親友たる金色な理由は、やはり中学の頃に『ラブルス』としてラブラブっぷりを周りにふりまいていたからだろうか? (ほんなら、俺でもええやんか。何で小春にばっかり相談しとんねん) 最初は親友を取られた気がして面白くなかった気持ちが、徐々に同じ空間にいる自分には言ってくれないことへの不満に変化してきていることに少しばかり戸惑いつつ、一体どちらにヤキモチをやいているのだと自分自身に呆れる一氏だったが、例え頼られてもどうせ『何を悩んどんねん』としか返さない自分というのも理解している。 だって、彼の悩みなんてささいなものだ。 ―好きな子がいて、中学の頃からずっとずっと、一途に好きで ―大阪と東京で離れていても、想いは募るばかり ―それ以前に東京のあの子は『可愛い彼女』ではなく『可愛い彼』、けどそんなこと関係ない ―相手は同い年のオトコで、従兄弟と同級生で同じ部活に所属している『従兄弟の友達』 ―従兄弟からもらう『好きな子』の情報に一喜一憂して、たまに送られてくる写真に胸が高鳴って ―『男同士』にまるっきり悩んでないというのはウソだけど、もう『悩める時期』はとっくに過ぎ去った ―何よりも『ラブルス』のおかげで色んな愛の形を知って、人それぞれに違った愛があり、同性云々よりも彼を好きでいる気持ちが大切なのだとわかった それが、元チームメート・忍足謙也の言い分らしい。 大好きな人がいて、同性愛の壁も乗り越えていて……たとえ将来的により大きな壁にぶつかるとしても、今この瞬間は『男を好きな自分』を自分自身で認め、堂々としているところは同い年の男として凄いと素直に思えるし、そんな忍足を否定しようなんてカケラも思わない。 好きな人が同じ性別だろうが、本人に迷いが無いなら他人がどうこう言えるものではない。 いえるとすれば忍足の家族と想いを寄せられている相手だけで、一氏自身はというと忍足の未来が明るいものでありますように、密かに応援するだけだ。 だからといって大親友・金色を独り占めしていいわけがない。 そして、自分には何の意見も聞いてこないなんて何事か! それなら最初から金色だけ呼び出して、相談でも何でもすればいいだろう? 相変わらず色恋には消極的で、ヘタレなこの男はウジウジ悩むだけで何の行動も起こしやしない。 そんなことでは実る恋もどこかへ行ってしまうだろうし、東京の彼の目に映ることは永遠に無いのではないか? 先ほどから金色が返している言葉はどれも的確で、恋愛アドバイスとしては完璧だ。 それを実行できる男であれば、今頃は背中を押されて意気揚々と帰っていくだろう。 ただ、相手は類を見ないヘタレな男だ。 話を聞いて欲しいのか、背中を押されたいのか。 恐らくその両方なのだろうけど、いくら彼が欲しい言葉を金色がかけても響かず、逆に少し厳しくつついたら眉を寄せて落ち込むので一氏にとってはうっとおしいことこの上ない。 ここに忍足の扱いに長けた後輩がいれば、『謙也先輩、マジでヘタレやな。うじうじうっとおしいっスわ。ええかげんにしてくださいよ』と背中を蹴り上げて、半歩でも前に進ませるのだろう。 そう。 彼には優しさは不要。 ひたすら厳しく追い上げて、勢いに乗せて突き進ませるのが正解なのだ。 そして、その役目は金色ではなく、この場においては一氏にほかならない。 だからこそ、金色もひたすら忍足を鼓舞し、励まし、時にオトナの意見を述べ、時に話を聞いては頷いてやっている。 その全ては、最終的な一氏の『活』のため。 (そろそろ小春も疲れてきよん……もう、タイミングやろ) チラっとこちらに視線を寄越した大親友の意図はわかっている。 最終的に『ユウくん、言いすぎやで?』と窘められるのだろうけど、それでも大親友は優しいのでその後の忍足へのフォローもばっちり行うだろう。 よし、大親友の期待に応えようではないか。 「おい謙也。お前いつまであーだこーだグチグチ言うとんねん。 男ならズバっと正直にぶちあたって来いや。当たって砕けろっちゅう格言を何や思とん。お前のためにある言葉やで?告ってフラれたらそれで終わりやんけ。何年片思い続けとん?とっとと『好きや』て言ってこい。フラれてもええやんけ。お前が諦められんねやったらそれはそれでええし、ずっと好きでいろや。大事なんはお前の『好き』っちゅう気持ちや。好きやと感じてる限り、ずっと好きでいればええやろ。ほんで、なんぼフラれても好きなら攻撃あるのみ。最後に勝ったモン勝ちや。俺が中学んとき何べん小春にフラれた思とんねん。どんだけフラれても好きなら好きで、貫け。んで、とっとと告れや!一度も告白もせんと、何をうじうじ悩んどんねん?告白してスパっとフラれて来いや。そんでも諦めきれんなら、なんぼでも諦めつくまで告ればええねん。ストレートに、真正面から勝負せえ。そしたら、いつか報われるかもしれんやろ」 すーっと息を吸って、一気に吐き出した。 中学三年間の『小春ラブ』は違った形で実り、今では大親友の間柄へと変貌したが、諦めずラブアタックを続けた結果が今のツーカーな仲なことを思えば、あの時の気持ちは間違いなく『親愛』で『恋愛』で『友愛』のいずれかだったのだろう。 その感情に名前をつけるなんてことはしないけれど、あの頃、誰よりも金色が大切で、一番の想い人だったことは間違いない。『男はストレートに、真正面からアタックあるのみ』を実現した結果、高校が離れてしまっても金色は自分の隣で笑って漫才をしてくれる。 彼女は彼女で大事だけど、『金色小春』という人間は一氏にとって、誰よりもかけがえのない存在なのだ。 それは金色も同じで、たとえ可愛い彼女が出来たとしても一氏との普通の友達同士よりも親密な間柄は、それこそ『大親友』と呼べるのは彼しかいないと言い切れるほど、大事でかけがえの無いものだ。 忍足謙也とその想い人が、元ラブルスのような『大親友』に落ち着くか、今以上の仲にはなれず『顔見知り』や『従兄弟の友達』程度で終わるのか。 はたまた奇跡が起こって『恋人同士』になれるのかは誰もしらない未来の話。 ただ、どの関係に落ち着くとしても、望む先を手に入れるためには『忍足の努力次第』なのだとわかってもらうしかない。 そのために出来ることといえば、ひたすら背中を蹴り続けるしかないのだ。 (ていうか、こういうのは俺やなくて、財前や白石の役目ちゃうんかい) 早口で忍足へまくし立てながら、チラっと忍足の隣の金色へ目配せすると、指をグっと立てられ『ええカンジよ、ユウく〜ん』と呟かれた囁きがバッチリ耳に届いた。 「おら、今週末はせっかくの連休や。東京に行って、告白の一つや二つ、バチっと決めて来いや」 「今か!?」 ―当たり前や、なぁ?小春! 大きく頷く金色と挟み撃ちで、ひたすら暗示のように『東京へ行け』と言葉を重ねて9月11日の夕方が過ぎていった。 せっかくの誕生日に、大親友・金色と二人っきりで遊び倒す予定が、目の前の元チームメートによって崩れてしまったのだ。結果がどうなるかは正直わからないし責任もとれないが、こうなれば忍足が本当に東京へ押しかけるまで背中を蹴ろうではないか。 類をみないほどのヘタレながらも超絶単純な男なので、鼓舞し続け、畳み掛ければ『東京に言ってくる』というに違いない。 約3時間の説得の結果、やる気満ち溢れた忍足謙也は『ほな、勝負かけてくる』と一言残して新大阪の駅へ消えていった。 明日は平日で高校あるはずだけど、もはや目の前しか見ていない彼は何も考えていないのだろう。 そのまま『のぞみ』で東京まで行き、従兄弟の家に押しかけては呆れた忍足侑士に迎えられる姿が目に浮かぶ。 できればそのままの勢いで商店街のクリーニング屋へ突進して欲しいものだが、どうせ従兄弟の家で一晩過ごせば元のヘタレへ戻ってしまい、すごすごと大阪へ戻ってくるであろう数日後も簡単に予想できるというもの。 (終わり) >>目次 |