定例行事ともいえる青学対氷帝の練習試合。 設備の整った氷帝学園高等部テニスコートに青春学園高等部の面々がお邪魔することもあればその逆も然りで、アットホームな青学コートに、一目で育ちのよさそうな、いわゆるお坊ちゃん揃いの氷帝生がやってくることもある。 どちらのコートで行うかは特に決まってはおらず、順番というわけでもないようで、さらには顧問の意見が入ることも無いらしい。 前回は青学レギュラー数人が氷帝学園近所にオープンした商業施設に興味津々で、試合後に寄りたいなどという遊び半分な理由から『練習試合はあっちで!』と押した結果、氷帝学園で行われた。 そして今回は、これまた青学レギュラーが『氷帝まで行くの面倒くさい』という、氷帝テニス部の耳に入れば眉を顰められそうな理由なのだが、これは一部の氷帝生しか知らない事実だったりもする。 氷帝生にしてみれば前回は来てもらったので、今回は青学へ赴くことに誰も疑問に思うこともなく、いつものように専用バスをチャーターし青春学園高等部までやってきた。 ちなみに氷帝テニス部では現地集合も過去に何度かあったが、当時、部の期待がかかった新入生が時間に姿を見せず、寝こけて電車を乗り過ごし、バスを間違え、…と、手のかかる児童どころではない出来事が頻発したため、顧問の『学校集合でバス移動』たる鶴の一声で移動方法が一新された。 最近の氷帝テニス部は専ら『2階建て3列独立シート』と噂される豪華なバスで遠征、練習試合、合同練習、合宿、公式試合…とあらゆる場面で全員揃ってやってくる。 本日もつつがなく練習試合を終えて、現地解散で帰路につく氷帝生、豪華バスに乗り学園まで戻る氷帝生と2パターンに分かれたが、肝心の『豪華バス』の切欠にもなった、今は立派なエースに成長した氷帝生はというと、『電車で帰るC〜』と現地解散を選択。一部チームメートらの『大丈夫か?』に頬をぷーっと膨らませ『子供じゃねーんだから、帰れるってば!』とぎゃんぎゃん反論しながら、青春学園の校門で大きく手を振りバスを見送った。 「なーんかさ、今日、元気ないね」 氷帝生を乗せたバスが見えなくなり、そろそろ青学を出ようかとラケットバックを持ち直した氷帝エースの背中に、彼にとって聞きなれた声が呼び止めてきた。 振り返ると今回は対戦しなかったものの、何度か練習試合で打ち合ったこともあり、中学時代は全国大会でも合間見えたお馴染みの青学レギュラー2年の菊丸英二。 「そう?」 「ん。試合は、まぁ、いつも通りっちゃいつも通りだけどさ」 「楽しかったよ、今日も」 「相手がウチの1年で悪いね」 「はは、じゃんけんなんでしょ?」 「そ。みんな芥川とやりたかったのにさ。あいつがジャンケンで勝ったからしょーがない」 「でも、入学して2ヶ月くらいなのに、もうレギュラーなんてすっごいね」 「ほーけーつ!といっても、海堂は中学からの持ち上がり組だから良く知ってるけどさ」 「海堂も桃城も、強くなったよ」 「どうだかな〜、受験明けだし」 「ま、それもそうだねぇ」 『行くの面倒くさい』と堂々と宣言し氷帝生を青春台まで来させる青春学園テニス部レギュラー陣は、練習試合のオーダーを適当に決める風潮があり、一応は部のデータマンのアドバイスに基づいていると言ってはいるものの、今回の決め方は『ジャンケン』だったらしい。 強い相手とぶつかりたいという向上心、チャレンジャー心は皆持ち合わせているようで、入学間もないながらもその実力が注目されている青学高等部1年、桃城と海堂はそろってジャンケンを勝ち進み、僅差で海堂が第一選択権をもぎとった。 ―同じ1年の日吉か鳳とやれ。 2年生先輩方は強くすすめたものの、海堂の瞳はまっすぐに氷帝テニス部を引っ張るエースへ注がれており、『芥川さんで』の一言で早々と決まった。 続くジャンケン勝者桃城も『じゃあ俺、忍足さんとやりたいっス!』と氷帝の天才を指名し、氷帝テニス部の2トップを取られた残りの青学レギュラーたちは『こんの1年どもが!』と言いながら、残りメンツで相手を決めて試合を行っていった。 さすが氷帝の誇るエースと天才は軽やかな技の数々で受験明けの青学1年生を翻弄し、1学年の差を見せ付けて勝利を飾り、後はベンチに腰かけ後輩指導とチームメートの応援に勤しんだ。 「軽〜く海堂、ノックアウトしてくれちゃってさ」 「あはは、ブランクは大きいでしょ。ついこの前まで受験生だったんだし」 「青学は中高一貫でエスカレーター式だから持ち上がり組は外部生と条件が違うよ〜。そっちも一緒だろ?」 「ウチはエスカレーターとはいえ、一応内部生も進級試験あるからさ。結構ムズイやつ」 「さっすが全国トップクラスの進学校。にしては今日、日吉の動きよかったよなぁ」 「ひよも一応は受験生だったけど、ほとんど毎日練習してたから」 「は?部活?」 「さすがに部に出るのは毎日じゃ無かったらしいけど、自主練は朝晩」 「はぁ〜、真面目だなぁ」 「ジムでたまに会ったときはコートでゲームしたし」 「跡部んとこのジム?」 「うん」 「跡部いないのに?」 「イギリス行くちょっと前にさ、永久会員カード発行してくれた。好きに使えーって」 「芥川だけ?」 「いや、そんなことねーと思うけど」 忍足や宍戸、向日ら他の同年代チームメートたちも、同じようにATOBEジムを使えるように取り計らってくれているので、何も自分だけが『永久会員カード』保持者なわけではないと笑うが、中学時代かの王様の眠り姫に対する甘やかしっぷりは、氷帝のみならず近隣の学校にまでその噂が飛び交っていたほどだ。 U17選抜合宿においても芥川の面倒をよく見ていた樺地、宍戸、向日、日吉らが軒並み『負け組』に配置され、氷帝メンツを良く知る他校生の一部はマイペースに寝こける芥川を見てどうなるものかと思っていたようだが、『勝ち組』の三人が自然と手を出し、『普段の芥川の世話人』不在を感じさせないくらい完璧なフォローを行っていた。 ―大浴場でボーっと半寝で沈みそうなところにすかさず額をパチンと叩いて『寝るな!』と怒鳴る宍戸……の代わりに『ほら、風呂場で寝たらアカン』と低音ヴォイスで囁くオカン……ではなく、忍足。 ―食後にウトウトしテーブルに突っ伏す彼を『芥川先輩、片付けてから寝てください』と睨みながらもトレーを一緒に片付けてやる日吉……がいないので自然と『ジロー先輩、もう夕飯OKですか?片付けちゃいますね』などともう一人の後輩がささっと処理をしてしまう。 ―そろそろ練習が始まるからとどこかで寝ている芥川を連れてくるのは樺地の専売特許だが、不在時はもちろん他の氷帝メンバーが探すものの、断トツで早く見つけるのは王様・跡部景吾だったりもした。 (『なんでジローがどこで寝てるかわかるん?』の問いに、至極真面目な顔で『なんでわかんねーんだよ』と返したのだとか) ちなみに時に芥川を起こし、時にキライなものを食べてやり、さらにはちょいちょいと細かい世話をやいていた向日の代わりは、同室の他校生・丸井が立派に勤め上げたらしい。 『ジロくん、朝メシ行くぞ。起きろー!!』 『プチトマトくらい食えるだろい。ん?なんだよ、そんなにダメ?しょーがねぇなぁ、ほら、よこせ』 『おーちょっと待て待て。トレーナー裏表逆になってるぞ。ほーれ脱げ』 『やっぱポッキーは極細だよなー、一袋くれ!そんかしコレやる。あん?ガムじゃバランスおかしい?んなことねーだろい。俺の一番のお気に入り、グリーンアップルだぞ』 多少、『お菓子』に関しては強引なところが多かったようだが、それでも丸井は周囲が『よくできたお兄ちゃんだな』と感心するくらい、かいがいしく芥川の世話をやき、面倒を見ていたと多くの合宿参加生から声があがったほどだ。 現に同じ『勝ち組』の菊丸も、リラクゼーションルームやレクリエーションルーム、食堂、トレーニングルームなど、あらゆる場所で常に一緒におり、仲良さげに話している丸井と芥川を何度も見ている。 元々、芥川憧れのボレーヤーが立海大の丸井とは聞いていたので、その流れで友達になったのだというくらいの印象だったが、あまりに仲が良いので同タイプのプレイヤー同士、話が合うのかなと思い、菊丸自身もボレーヤーのため気にはなっていたらしい。 高等部に進学し青学・氷帝の練習試合や合同練習が増えたこともあり、同じボレー好きとしてある日なんとなく芥川へ話しかけたら、テニス以外の話題でも意外と話が合ったため、今では漫画やゲームを貸しあうほど交流を持つようになった菊丸・芥川の青氷コンビ『テニス部ムードメーカー同士』である。 今度一緒にATOBEジムでテニスしようなどと気軽に誘われ反射的に頷く菊丸だったが、氷帝の一部生徒がATOBEジムを自由に使えるのはともかく、VIPカードの発行なんて芥川だけだろうと半ば確信した。 設備が豪華で最新機材を次々と導入し最先端を突き進むと評判のATOBEジムには興味があるので、芥川のお供としてタダで入れるなら是非ともお願いしたいものだ。 「じゃあさ、今月の土日で練習ない日にいこーよ。氷帝は結構自主練が多いから、そっち次第」 「おっけー。部長に聞いとく。後でメールするわ」 「わかった」 「何人か集めよっか?ダブルスもできるし」 「あ、そうだね。オレも誰か誘っとく」 「丸井は?」 「え?」 「仲いいじゃん。ダブルス組むなら最適っしょ」 「あー…そだね」 「けど立海は土日もずっと練習かもしんねーな」 「う、うん。ほっとんど休み無いはず」 「強ぇしなぁ、相変わらず」 海堂との練習試合の間、氷帝テニス部エースとして及第点な活躍を見せたものの、彼をよく知る人たちから見れば『今ひとつ』だった芥川のプレー。 全力を出していないのは明らかだったものの、何も常に100%の力を出し切るわけではないので、抑えてプレーすることはある。 ただ、手の内をさらさず実力を温存している、と言い切るにはプレーに覇気が無く、コンディションが悪いようにも見えたので、冒頭の『なーんかさ、今日、元気ないね』となったワケだ。 話してみると普段の芥川だったものの、いつもなら目を輝かせるはずの個人名に反応が無い。 それどころか、パァーっと笑顔満開で『まじまじ?誘うー!丸井くんとテニス、やりたい!!』が出てくると思いきや、さほどノリ気ではなさそうで、出した個人名もとい丸井の名に肩を落として言い淀んだところが、試合中の覇気の無さと重なった。 「丸井と、何かあった?」 「…」 「なーんか、今日、元気ない。試合は勝ったけど、別のこと考えてただろ」 「え…」 「そんくらいはわかる」 「菊丸…」 「ケンカでもした?」 「……」 「ま、どんなに仲良くてもケンカくらいするしなー」 「んー…」 「俺だって中学ん時は大石と大喧嘩したし」 「ゴールデンペアが?」 「そ。今は大石、外部行っちゃったからケンカすることも無いけど」 「じゃあ不二とケンカしたり?」 「怖いこと言うなよ」 「う?」 「そもそもケンカになんない。不二、平和主義者だし」 「オトナだもんね〜」 「そーそー。宿題写させてくれるし、お菓子不二の分まで食べても怒んない」 「お菓子…」 「まぁ、不二は普段そんなにお菓子食わないけどさー」 「そっかぁ……」 何気なく発した『お菓子』に何やら思うことがあるようで、眉を寄せて軽くため息をつく芥川の姿に『お菓子、お菓子』と単語を小声で呟きながら連想していけば、菊丸の脳裏にとある人物がくっきりと思い浮かんだ。 「丸井とケンカ……お菓子?」 「!!」 (ありゃ。アタリ?) ぎょっと目をまんまるく開いて見つめてきた芥川にピンときた。 丸井 ケンカ お菓子 お菓子? 丸井の食へのこだわりは強く、お菓子も大好きで常にいくつかの菓子類をカバンに忍ばせており、新作チェックもぬかりない所は有名だ。 中学時代の合同合宿の時に、エネルギースーパーたじまで購入した新作菓子類を菊丸を中心に切原、千石、千歳ら数人の仲間と味見しあっていたらどこからともなく現れ、キッチリ一口ずつ奪われたのは鮮明な記憶。 (ただし一口貰うだけでなく、スーパーで売り切れていた皆が一番トライしたかった新作チョコレートを提供したため、直属の後輩切原を含めその場の皆より喝采を浴びたらしい) ―友達同士なのだから多少のケンカはするだろうが、高校二年にもなってお菓子が原因? 菊丸の両目はハテナマークでいっぱいになったものの、目の前の彼はがっくり肩を落としているので当人にとっては深刻なのかもしれない。 けどきっと、ど〜〜〜〜でもいいことなのだろうなと思えてしょうがない。 滅多に落ち込まない芥川が浮かない顔をしているので……と、周りは気にするだろうが、彼をよく知る氷帝生は芥川を『底抜けに明るい』『落ち込む、気にする、へこむ、という単語はジローの辞書に無い』と言い切る。 ―ジローが悩んでいるように見えても、その理由の99%はどうでもいいこと。 本人は真剣かもしれないけど、他人から見ればアホなことで考えこんでんじゃねーと怒鳴りたくなるくらい、しょーもないことだ。 そう言ったのは宍戸だったか、はたまた向日か。 ちなみに最近、芥川が眉を寄せてうんうん唸っていた理由は、学食のオムライスをケチャップにするかデミグラスソースにするかだそうで、あまりに真剣だったため日吉はつい何かあったのかと気にして声をかけたようだが、隣の向日の『アホなことで5分も延々と悩んでんじゃねーよ!!昼休み終わるだろうが。とっとと選べー!!』たる怒鳴り声に一瞬で悟り、心配して損をしたと先輩ではあるものの芥川を殴りたくなったのだとか。 そのくせ他の人ならば落ち込んだり、悩んだりする出来事は軽くスルーして、何てこと無いと笑うので、芥川の『元気のなさ』は気にするだけ馬鹿を見ると言われたりもしている。 だいたいの理由を見抜くのは、幼い頃から一緒にいた宍戸・向日の幼馴染コンビと、そのインサイトで全てを見破る今は英国の跡部様くらいか。 菊丸自身の判断では確信が持てないものの、芥川を知り抜いた宍戸・向日が『アイツの悩みは悩みじゃねぇ』と言い切っているので、宍戸と向日への信頼感からか、目の前の芥川の思案顔も理由は『どうでもいいこと』なのだろうと推察する。 それに、『丸井=ケンカ=お菓子』とほぼ理由は出揃っているので、なおさら。 「丸井のお菓子でも食べちゃった?」 「うぅぅ……近い」 「同じの売ってないの?」 「5月限定だった…」 「あーらら」 なるほど、だいたいの背景が見えてきた。 しかし、高校生にもなってお菓子を食った、食わないでケンカとは。 相手が丸井ならば納得できそうなくらい、こと『食べ物』に関しては拘りが尋常ではなく、限りなく心が狭いと切原が言っていた気がする。 菊丸が覚えている限りでは、中学の合同合宿で丸井に唆され大量の菓子を持ち込んだ切原が、その半分を勝手に食われたと憤慨し、犯人の丸井へ食って掛かっていたシーン。そして同室の芥川には丸井自身が持ち込んだお菓子を惜しげもなく提供し、二人で一緒に味の感想を言い合っていたシーン、の2パターンが『丸井=菓子』で強く印象に残った場面だ。 切原や千石、桃城らには勝手に食うなと目を光らせていた丸井も、芥川の前では心の広いお兄ちゃん的な面を見せていたため、深いため息をつくジャッカルを多くの他校生が目撃しており、菊丸もその一人だったりする。 そう。 丸井の食い意地云々なところは、対芥川に関してのみ当てはまらないはず。 「丸井、お菓子くらいで怒んねーっしょ(芥川にはね)」 「…そうなんだけどさ」 「うん?怒らせたってワケじゃないの?」 「ん……怒っちゃったかなぁって」 「なんだよ。丸井のもの勝手に食べてケンカしたんじゃないの?切原とよくやってたやつ」 ―俺も桃としょっちゅうそういうコトでバトるけどね〜 にゃははと笑う菊丸に幾分気が軽くなったのか、芥川はひとつずつ思い出しながら、ぽつぽつとコトの顛末を話し出した。 『菊丸と桃城』や『丸井と切原』がよくやりあっているらしい、いわゆる『勝手に食った、取った、許せねぇ!!』とはまた違うようで、丸井が購入した5月限定のお菓子をどのような経緯で食べてしまったのかの詳細―『丸井と芥川』のお菓子ケンカ―は喧嘩というにはちょっと、いや、だいぶ違って、またしても菊丸の両目にはハテナマークでいっぱいになった。 「…うん?別にそれ、怒ってないんじゃない?」 「でも、丸井くん、黙っちゃって」 「あー、ショックは受けたんだろうけど」 「だよねぇ…せっかく丸井くんが長時間並んでやっとゲットした貴重な限定品なのに」 「しかももう買えないしなぁ」 「うっ…」 「あ、ごめんごめん。けどさ、貰ったんだろ?ならい〜じゃん」 「丸井くんが食べたがってた方のやつ、オレにくれたのに…っ」 結果的にやはり『どうでもいい理由』だったので詳細は割愛するが、簡潔に述べると『丸井が苦労してゲットした数種類の期間限定スイーツの中で、1個しか買えなかった一番人気をなんと芥川にくれた』という丸井にしては珍しい行動に出たものの、不慮の事故?で芥川の口に入ることなく、丸井ももちろん食べれず、それによってショックを受けた丸井が『ジロくん……悪ィ、今日は帰って』とトーンダウンした声色になった………とは芥川の談である。 (食えなかったからショックというか、ちょっと違うよな〜) 「全部こぼしちゃったのは残念だろうけど、そこはソレで終わりっしょ」 「おわり?」 「そ。別にお菓子云々で怒ってるワケじゃない…っていうか、怒ってもないだろ」 「帰れって言われたC…」 「その後連絡してみた?」 「してない…メールしようとしたけど、うまく文章打てなくて」 「電話は?」 「帰ってからすぐかけたんだけど、丸井くん出なくて」 「その後は?たまたま出れなかっただけかもしんないし」 「いつもすぐかけ直してくれるのに、来ないから……かけ辛くて。やっぱ怒ってんだよ〜」 「う〜ん、何ていうか…そうだなぁ、会いに行けば?」 「えぇぇ〜?!」 「案外会えばケロっと忘れてるかも」 「そういうモンかなぁ」 ―そういうモンでしょ。丸井、単純だし。それに、別に怒ってないだろ、ヤツは。 喉まで出掛かったが芥川本人に言うのはとどめて。 あまり深く突っ込むと馬鹿を見る気がしてならないし、宍戸・向日に言わせれば『ナントカは犬も食わねぇっつーだろ。放っとけ』だろう。 ただし、決して『痴話ゲンカ』なわけではなくて、丸井の一方的なナントカなわけで、芥川に非はこれっぽっちもない。 いや、丸井に言わせれば『可愛すぎるから』だの『色っぽすぎる』だの、やはり聞いているほうがアホを見る結果になるだろうから、怒らせたと誤解している芥川には悪いが、突っ込まないが正解なのだ。 「じゃあさ、何か手土産持ってけば?」 「てみやげ?」 「そ。丸井が食べたこと無いような限定品とか」 「そっか、その手があるかぁ。…丸井くん、色々知ってるしなぁ」 「この辺の店とか。青春台付近なら、丸井も疎いんじゃない?」 「いいお店知ってる?オレ、この辺あんま知らない」 「うーん、俺も詳しいわけじゃないけど。洋?和?」 「和、かな〜。丸井くん、ケーキ類はかなり詳しいから」 「和系ねー、そうだな〜」 純和菓子、和テイストのもの、和洋コラボ、抹茶系スイーツ。 あれこれ考えても、スナック類等のコンビニ菓子ならばともかく、ちゃんとしたお店で買うようなものはさほど詳しくはない。 菊丸家の食事は当番制なので、末っ子の英二も台所でフライパンをふることは毎度のことながら、それでも菓子店となると一般的な男子学生の知識程度だ。 ここは一つ詳しいであろう御仁に聞くしかないが、青学でそっち系の話題に明るいとなると、高級住宅地にお住まいの不二家の長男、だろうか? まだ部室にいるであろう不二に聞いてみようとポケットからチョコレイツのストラップ付携帯を取り出したところで、菊丸にとっては見慣れた後輩かつ本日の芥川の試合相手が、帰り支度を済ませて、二人のいる青学校門へやってきた。 「…菊丸先輩、何してんスか」 「あ、海堂。オツカレ〜」 「お疲れっス……って、芥川さん?」 「おつかれ〜」 「今日は……どうも」 「うん。楽しかったよ。またやろーね」 「…っス」 不二ではないが、ちょうどいいところに来たので、彼が詳しいとは思えないけれどとりあえず聞いてみることにした。 海堂も不二と同じく家がお金持ちで育ちのいい、いわゆるイイところのお坊ちゃんなので、庶民派の菊丸には縁遠い老舗系の菓子店を知っているかもしれない。 …という点から後輩へ『近所のおすすめ店』を探ってみれば、ラッキーなことにいくつか店名をあげてくれた。 「へぇ〜、海堂、意外と知ってんのな」 「母がよく買ってくるところが、だいたいそのあたりっス」 「こっから近い?」 「うちの近所は水羊羹が有名で、不二先輩の家の近くの店は生菓子類、後は……少し遠いですけど、抹茶ロールが人気の店が」 「不二んちのとこは知ってる!すっげぇうまいよな〜高いけど」 青学先輩後輩コンビの会話をふむふむと頷きながら耳に入れ、どこが一番丸井のおメガネに適うか考えてみるが、どの店も芥川には馴染みの無いところなので、正直いってピンとこない。 どの店のものでもいい気がするし、どの店のものでもそれ程有名なら丸井は知っている気もする。 丸井と同じく甘いものが大好きだけど、彼のように色々なこだわりがあるわけではなく、食べてみて美味しければブランドやジャンル関係なく満足してしまう、いわゆるこだわりがまったく無いタイプだと芥川は自覚している。 そのため、いくつか候補をあげてくれたのは有難いが、できれば『ココ!』と菊丸または海堂に決めてもらいたい。 芥川のために色々考えてくれている二人を前にそんなことを言うのは何だけど… (どうしよ…何がいいかなぁ。ロールケーキ?でも、ケーキは丸井くん作るし……和菓子?もうちょっと軽いほうがいいのかなぁ) いつもならそんなに迷う方ではなく、パッパッと直感で決めていくのだけれど、ことテーマが『丸井が気に入りそうなお菓子』となるとどうも普段の直感が働かず、云々うなってしまう。 となれば丸っきり頼ってしまうのも何だけど、どのお店も芥川にとっては初見なので、『海堂の一番好きなとこ教えて』で決めてしまおうと口を開きかけたところで、別の青学生が姿を現し会話に入ってきた。 「水羊羹」 キラリ眼鏡を光らせて一言だけ発した単語。 パっと三者一斉に振り返れば、『ジャンケンだ!』でオーダーを決めた青学レギュラーたちに、一人ずつ対戦相手となる氷帝メンバーの特徴、苦手コースを教えつつ、課題を出していたデータマン。 「おー、お疲れ。なーんだ乾、知ってんの?」 「お疲れさまです。水羊羹って…」 「今の時季なら特に、寒天ゼリー付のものが限定で出ているだろう」 「…あ」 「水羊羹ってことは、海堂んちの近くの店??」 「…っス。そういや6月は夏限定の水羊羹のほかに、別商品も出てます」 一人増えて3人となった青学生の話題は『水羊羹の店』つまり最初に出た海堂宅近所の和菓子屋に。 ゴールデンウィーク明けから夏の終わりにかけて販売される水羊羹が有名らしく、中でも梅雨前あたりから短期で限定商品を出すようで、今年は上が寒天ゼリー、下が水羊羹の二層になっている涼やかな甘味商品が出ているようだ。 「へぇ〜うまそー」 「昨年人気だったから今年もまた二層ゼリーにしたようでね。この前公式サイトに出ていた」 「先輩、あの店知ってるんスか?」」 「昔、中元で羊羹セットをいただたことがあってな。少し調べてみたら、大正創業の老舗和菓子店だった」 「老舗……ただ古いだけじゃなかったのか。つーかあの店、サイトなんてあるんスか」 「まぁ、確かに店の外観は凄いけど、サイトは割と凝ってたよ」 『少し調べた』データによると、海堂宅の近くにある古ぼけた和菓子店は、おもにご近所の奥様方御用達のいわゆる地域に溶け込んだ町中のお菓子屋で、海堂にとっては幼い頃からの馴染み深いお店だ。 ただ、乾調べでは知る人ぞ知る名店のようで、営業時間も短く『売り切れ御免』で即お店はCLOSE。 さらにサイトが充実しているといっても夏の看板メニューの水羊羹は発送不可で店頭販売のみのため、中々手に入らないと評判の店らしい。 「海堂んちの近くのお店にする。場所、教えて?」 「…通り道なんで、案内します」 「まじまじ?ありがと〜」 「時間的に水羊羹は売り切れている確立が高いな」 「あっ……そっか、もう夕方だった」 「他の商品もあるだろうし、行ってみてもい〜んじゃん?な、海堂」 「…っス。俺んちはいつも、水羊羹以外も買いますし」 「最中、水まんじゅう、梅羹やあんみつ羹、あずき羹類も人気だな」 「乾、そんなことまで詳しいのかよ」 「うちの母親が好きな店なもんでね」 水羊羹が最大の人気商品だというが他のラインナップも夏らしく涼しげで、丸井云々を抜きにしてでもちょっと店内を見てみたいくらい興味を引かれたし、海堂と乾の母たちがそれぞれ好きだというので、何ならクリーニング店に家事にと日々忙しい自身の母親に買っていってあげてもいいかもしれない。 乾情報の『人気商品』がまだ売り切れてなかったら、いくつか買って味見してよう。 水羊羹があれば文句無しだが、たとえ完売していても他の商品が美味しければ水羊羹も最高に決まっている。 そしたら今度は早めにお店に行って、水羊羹をゲットすればいい。 その後は手土産を持って立海に行くか、はたまたダイレクトに丸井宅へ行くか。 (仲直り、できるかな…) ちょっぴり不安に思いつつ、頼みはもうそこの和菓子屋しか無いと祈りながら、海堂を先頭に歩き出した。 てっきりお別れすると思いきや、同じく『大正時代からの老舗』な店が気になる菊丸と『久しぶりに買って帰ろうかな』な乾もついてきて、知る人は知るらしい名店かつ海堂いわく『ボロい菓子屋っスよ』の扉をくぐったら、カウンターからたおやかで上品なご婦人が出てきて開口一番に『あら薫ちゃん』と一言。 「「「薫ちゃん?」」」 「うっ…」 『珍しいわねぇ、お友達と一緒なんて』 和菓子屋主人の奥様だという朗らかな美人は、海堂の祖母の同級生で小さい頃から『薫ちゃん』と可愛がってくれているらしい。 午前中に母が来ていくつか買って帰ったと教えてくれたので、恐らく海堂宅の本日のオヤツは水羊羹か、はたまた葉末(弟)の好きなゼリーが置いてあることだろう。 一番人気の水羊羹は、やはり完売で昼過ぎに無くなってしまったそうだ。 他の水まんじゅうや羹類はいくつか残っていたので、乾、菊丸とそれぞれいくつか購入し、最後まで悩んでいた芥川は本日は母への土産として買っていこうと決め、一種類ずつにした。 「海堂?お母さんが買ってるんだろう?」 三人が購入を済ませ店を出ようとしたところで、一人残った海堂がレジ前のご婦人に何やらゴソゴソと告げると、笑顔で頷いた奥方はショーケースには並んでいない品物をいくつか持ってきた。 そのまま海堂の『お願いします』の一声で購入確定したらしく、素早く会計を済ませ袋を受け取り、店の入り口に立つ三人の元へやってくる。 『薫ちゃん、毎度ありがとう。お友達も、また来てね』 笑顔で見送られ店を出ると、乾と菊丸は海堂の紙袋に興味津々のようで袋を覗き込んできた。 「なになに〜、何買ったん?」 「店頭には出ていないものだったな」 「…たまに、発売前の試作品や新作を奥に置いてあることがあって」 「へぇ〜、さっすが常連」 「となると、その緑の寒天か、ゼリーのようなものは、今度の新作というわけか。覚えておこう」 「正式発売は来週かららしいっス」 いわゆる常連、というよりも聞いた場合のみ奥の冷蔵庫から出してくれるそうで、正式販売が決まっているものは売ってくれることもあるらしい。 または試作品としてくれる場合もあり、そこは常連の特権のようなものだが、今回は『なんか新作、あります?』の問いかけに『海堂さん家の薫ちゃんだから』で出してくれたという。 しかし、海堂がこの新作を購入した理由は別のところにあったようで。 「乾先輩」 「どうした、海堂」 「これ」 「うん?」 「ご家族で、どうぞ」 差し出された紙袋をまじまじと見つめ、なぜ海堂に『どうぞ』と言われるのか疑問に思っているのは乾だけでなく菊丸、そして店を出てから青学生のやり取りを眺めていた芥川も同様だ。 「…今日、誕生日っスよね」 「!!」 6月3日、火曜日。 青春学園高等部二年、テニス部レギュラー乾貞治。 乾本人も自身の誕生日を忘れていたわけではないが、中学からの付き合いだとはいえまさか後輩から切り出されるとはさすがに予想しておらず、咄嗟のことに驚いて思わず海堂を凝視してしまう。 「いいのかい?新作だろう」 「うちは母さんが何か買ったらしいんで」 「じゃあ、有難くいただくか」 「…っス」 「ありがとう、海堂」 照れくさいのか下を向いて紙袋を差し出す海堂の頬は、心なしか赤くなっている。 『らしくない』と彼自身感じながらもこの先輩にはずっと世話になりっぱなしで、感謝していることを思えば紙袋を差し出しての『おめでとうございます』が素直に出てきた。 「あ、そっか。今日、3日だ!」 「乾、誕生日なの?」 「ああ。英二が忘れていた確立―」 ―えへへ、ごめ〜ん!100%〜!! 頭をかいて謝り、急いでカバンをあさって未開封のお菓子と次々に取り出し、乾に渡していく菊丸の様子に、この場にいるからには言葉だけでなく何かしようと、芥川も同じようにリュックをおろして中をあさってみた。 ―あ、いいもんみっけ! 「乾、誕生日おめでとー」 「ありがとう。…ん?これは」 「これ、オレからのぷれぜんと!」 「まさか英二じゃなくて、芥川から…」 「わー!だからゴメンってば。つーか乾!俺のプレゼント、こーれー!!」 「英二は食べようと思っていた菓子、しかも半分は桃城から奪った確立―」 「100%〜って、正当な戦利品なんだかんな。桃から無理やり取ったワケじゃねーっての」 テニスで勝ったほうがお菓子一つ、的なカケをよく行っている菊丸と桃城で、今のところ菊丸の勝率が高いようだが、まさかラケットバックに大量の菓子を入れっぱなしにしているとは。 その中のポッキーに目を輝かせた芥川は、乾に、彼が貰ったばかりの一応は『菊丸からの誕生日プレゼント』の一つ、チョコ菓子を『はい、どうぞ』と渡されると、嬉しそうにありがとうと笑って礼を述べた。 「しかし芥川のリュックからこんなレアものが出てくるとは」 「う?レアもの?」 「少なくとも売っているのは見たことがない」 「あー、そうなの?」 「なになに?乾、ちょっと見せて。…お茶??」 「ああ。特級品だ。しかも市場にはほぼ出回っていない」 「もらったヤツだから全然しらねぇC」 「ある意味芥川が持っているのは納得ではあるけどね」 シンプルな缶には家紋のような印がひとつ。 シンボルマーク自体は有名なブランドのものだが、金色の缶はそのブランドが公にしている『商品一覧』には無い。 「AT-GARDENのものだろう?」 「エーティーガーデン??って、紅茶のメーカー??」 「英二も知ってるほどのブランドだ」 「こら、馬鹿にしてんのか、いーぬーい!」 「まぁまぁ。その紅茶メーカーの、日本茶だよ」 「え、緑茶?そんなの出してんの?聞いたこと無い」 「市場に出てないからね。都内でもごく一部のホテルに卸しているだけと聞く」 「へぇ〜って何でそんなことまで知ってんだよ。つーか、え、何?なんで芥川なら納得なの?」 「AT-GARDENは跡部グループのブランドだ」 「あ……そーいうこと?」 食品から服飾、デザイン、建築物、アミューズメントパーク、宇宙開発、エトセトラ。 関連グループを入れれば生活の一から十まで手広く手がける跡部グループでは、飲料メインの関連会社も保有している。 その中でも紅茶部門では契約茶園の複数が品評会で好評価を受けることが多く、特に高級茶葉を扱うAT-GARDENは著名人にもファンの多いブランドだ。 その紅茶ブランドが実は日本茶も扱っているのは、一般の市場に出していないからほぼ公にはなっていない。 なぜ乾が知っているのか謎なところだが、跡部家の跡取りのお坊ちゃまがこと紅茶やお茶関連を好み、中でもAT-GARDENのプラチナラインは坊ちゃまの太鼓判の出た茶園の特級茶葉しか取り扱わないと一部関係者の間で噂になるほど。 (ちなみにシルバーライン、ゴールドライン…と価格帯や茶葉の特級に応じてラインがわかれていたりする) 「跡部んとこのお茶でね、紅茶もおいCんだけど、日本茶もすんごく美味しいんだよ」 「まさかAT-GARDENの日本茶実物を見れるなんて、思いもよらなかったよ」 「味もチェックしてみて。春の新茶なんだって」 「けど、貰ってしまっていいのか?」 「うん!へーきへーき。細かい感想言えば、跡部も喜ぶし〜」 気に入ったのなら、頼めば送ってくれるので跡部にメールすればいいとサラリというが、それは芥川だからできることだろう。 氷帝の王様はサービス精神旺盛なので、仮に本当にメールしたら送ってきそうな気がしないでもないが。 「ちょうど蓮二が今日家に来るから、一緒にいただくよ」 「蓮二って……あ、柳?」 「ああ。今日と明日は練習が軽めで早く終わるそうだから」 「立海…そうなんだ」 「だから、明日行くとしたらちょうどいいんじゃないかな」 「!!」 「丸井のところ、行くんだろう?」 校門で菊丸や海堂と話してはいたものの、お菓子のあたりからではなく、それよりも早い段階で青学のデータマンは聞いていたのか。 「何なら蓮二にそれとなく聞いておくよ」 「え…」 「最近の丸井の様子、とかね」 「あっ…うん」 「お茶の感想は跡部にメールしておくとして」 「……オレ、いっつもおいしーくらいしか言わないから、細かく感想伝えれば喜ぶよ、きっと」 母親へのお土産を選んでいたら、そもそもの目的をすっかり忘れてしまっていたが、乾の言葉で数日前の丸井宅での出来事をくっきり思い出す。さらに『今日はもう、帰って』と目をそらして告げられた台詞も鮮明に浮かんできて、浮上していた気分がサーっと引いてしまった。 「だーいじょうぶだって。怒ってないない」 「…ケンカでもしたんスか」 「丸井の大事なお菓子を貰ったけど、落としちゃって結局食べれなくて丸井が怒った」 「……ンなことで怒るのか、丸井さん」 「って芥川が思ってるだけで、別に丸井は怒ってない」 「?だから評判の菓子店を知りたかったんですか」 「そ。丸井への手土産ってね〜」 (怒鳴られたわけじゃないけど、でも…っ) 『帰って』と言われたことが、芥川の中で引っかかっていること。 けれど菊丸は『絶対に怒ってるわけじゃない』と何故か断言するし、展開をいまいちわかっていない海堂まで少し聞いただけで『そんなんで怒らねぇと思いますけど』、さらには乾も『丸井のポイントは違うところだな』だそうで、揃って言うのは『直接会えばいい』とだけ。 ―今日明日の立海テニス部練習は軽めで終わる。 乾の言うように、明日行く方がいいのだろうか? 考えこんでいると隣の海堂からそっと紙袋を渡され、思わず顔をあげて見返すと『土産っス』と告げられる。 「それ持って、仲直りしたらどーっスか」 「え…これ」 「乾先輩のとは違いますけど、あの店の試作品です」 「!!でも、海堂が貰ったやつ」 「水羊羹を楽しみにしてた先輩がいるって言ったら、試作品くれたんで」 「これ―」 「水羊羹をもっとゼリーっぽくしたもので、夏の新作候補だそうです。乾先輩のは来週発売の抹茶ゼリーだけど、こっちのはまだ試作段階」 「でも、海堂が買ったやつ…」 「これはタダ。発売決まってないサンプルなんで。だから、気にしなくていいっス」 「けどっ」 「感想もらえればいい。後で店に伝えておくんで」 お茶の感想を乾に求めたように、試作品の率直な意見をくれればいい。 たとえそれが『オレ、美味しいしか言わないC〜』でも、それでいいと言う海堂と、貰っておけという菊丸。 そして柳に伝えておくから明日は立海にと促す乾。 ここまでお膳立てされれば、行かない理由が無い。 「ん……ありがと、みんな」 仲直りできたらちゃんと報告しますと宣言して、手にはしっかりと海堂からの紙袋を握り締め、三人に礼を言って青春台の駅へ向かう。 (お菓子、喜んでくれるといいな) 少しばかり軽くなった足取りで改札をくぐり、氷帝方面行きのホームへ駆け上がっていった。もし気に入ってくれて試作品が商品化されたら、一緒にお店へ買いに行こうと心に決めて。 (終わり) ・ ・ ・ ・ の前に。 「菓子落としたからって、なんでケンカになるんスか?」 「別にケンカじゃない。聞いてる限りでは」 「はぁ」 「脱いだからだよなー、乾」 「は?」 「詳細は今夜、蓮二に聞いておこう」 「よし、明日教室行くから教えて」 「ちょっと、菊丸先輩。脱いだってなんスか。こぼしたんじゃ」 「足滑らせて皿がひっくり返って、全部こぼれてシャツがドロドロ」 「慌てて上を全部脱いだ芥川を見て、丸井は直視できなくなった確立97%」 「…なんスか、その理由」 「つーかさ、あの二人って中学ん時からそういう関係なんでしょ?なら、今さら照れるもんかねー」 「前にノロけが目に余る丸井に、罰として禁欲させたと聞いたことがある」 「ぶっ、なんだよそれ。禁欲って」 「大会前や試験前に賭けを行って、勝てば高級ホテルのケーキバイキング」 「負けたらしばらく禁欲ってこと?」 「ちなみに丸井が賭けに乗る確立は100%だそうだ」 「んな、単純な…ってか、相手誰だよ」 「真田か蓮二か、幸村らしい」 「え、テニスで勝負なわけ?」 「ああ」 「三強相手にテニスで賭け?丸井、マジで毎回引っかかってんの?」 「蓮二の話と俺のデータを総合したところによると」 「アホだにゃ〜」 「禁欲中不慮のこととはいえ、目の前で無防備に脱がれて我慢できなかったんだろう」 「それで自制できるうちに『帰れ』ってことか」 「恐らくは」 「はぁ〜、なぁにやってんだかなー、丸井も」 「乾先輩、菊丸先輩……」 えらく仲が良いと思っていた他校生二人が、まさかそういう関係だったとは。 心底驚いているものの、それ以上にサラリと『禁欲云々』などと話を進める先輩二人に、若干頭が痛くなる海堂だった。 (今度こそ終わり) >>目次 |