「セレナお願い! 匿って!」
焦ったような声で電話をかけてきたのは、ゴンだった。
何事、と思う間もなく、続いたのは破戒音と「うおおっ!?」という悲鳴じみた声。これはキルアか。
とりあえず、
任意の相手を召喚する、私の念能力です。
「あ、ありがとう、セレナ……助かった……」
「サンキュー……」
全身泥だらけで床に倒れる、向こう━━ハンター世界の子どもたち。
ぜぇはぁと荒い息を繰り返すところから推測するに、何かに追われていたのかな。
コップに水を入れて差し出せば、二人とも一気飲みした。
「もー、びっくりしたー。急に襲ってくるんだもん!」
「あいつらあんなに獰猛だったか……? ぜってーおかしいだろ!」
水を飲んだことで一息ついたのか、二人はやんややんやと語り始める。
ゴンとキルア。二人はまだ子どもだが、ライセンスを持ち念を操る、歴としたハンターだ。
ゴンの目的はただ一つ。父親である野生児……ジン=フリークスを探すこと。手がかりを探しては、あちこち出歩いているらしい。キルアはそれについて行ってる感じかな。
とある情報筋から、ジンがどこそこの森にいる、と聞きつけた二人は、それを頼りに現地へと向かった。
するとそこで、突如として襲われたのだという。
大きな鳥━━ライジングバードの群れに。
「俺たち何にもしてねーのに!」
「巣が近かったのかなぁ……でも、近くには無かったと思うけど……」
うっすらと頭を過ぎった可能性に、まさかね、と思う。
ライジングバード……ライといえば、ここ最近よく聞く名称だ。主に、目の前で首を傾げる男の子の父親から。
弁当を盗まれた恨みから追いかけているあのバカが、何らかの方法でライに復讐を果たしたとして……それを恨まれていたとしたら?
あのバカとゴンは親子だ。外見もそこそこ似ているし、何よりオーラの質が似ている。本人、とは思われてなくても、身内だと思われて狙われた可能性はゼロではない。
「セレナ、何か心当たりある?」
「……分かんないなぁ。とにかく二人とも、シャワーでも浴びておいで」
泥だらけだよ、と促して、話を逸らした。
鳥に弁当を盗まれて激おこ、なんて、真摯に父を探している息子に聞かせる話じゃないしね……!
私なりの優しさですよこれは!
二人を風呂場へと追いやって、汚れた服を洗濯機に突っ込む。
すると、入れ違いにリビングに顔を出した男が一人。
「賑やかだな」
「赤井さん。来たの」
「あぁ、ただいま」
「……あなたの家じゃないんですけど」
「似たようなものだろう?」
どの辺が?!
もー、と軽く睨むが、赤井さんはソファーに腰掛けて笑うだけ。
何を言っても無駄か、と何度目かの諦めを覚えて溜め息を吐いた。ヒソカは、と問われたので、買い物と応えておく。
「あの子たちは、知り合いか?」
「うん。向こうのね」
「ほー……?」
あ、興味持ったな。
さてどう紹介したもんかね、と思ったところで、バタバタと聞こえる足音。
リビングのドアがガチャリと開いた。
「セレナ、お風呂ありがとう!」
「サンキュー」
泥や埃が落ちてこざっぱりした二人。
着替えあったんだね、安心したわ。うちには子どもサイズの服ないから。
旅してるだけあって、持ち歩いてるのかな。
「誰だ?」
キルアの視線が赤井さんにロックオン。
ゴンも気になったようで、「お邪魔してます!」と言いながらも気になってしょうがないようだ。礼儀正しいなぁゴンは……どこかの野生児とは大違いだ……。
さてなんて紹介しようかと思ったところで、「あ!」と声を上げたのはキルア。
「セレナの旦那!」
「結婚した覚えがない」
「じゃあまだ彼氏か!」
おいこのやりとりデジャヴだぞ。君のお兄さんも同じこと言ってきましたよ兄弟ですね!
勝手に納得した様子のキルアとゴンは、赤井さんに興味津々だ。
「俺、ゴン! ゴン=フリークス! こっちはキルア!」
「キルア……ゾルディック。オニーサンは?」
「赤井秀一……君たち風に言えば、シューイチ・アカイ、かな」
「シューイチさん!」
にぱっと笑ったゴンは大変可愛らしい。
キルアも、ここで家名を隠す理由はないと踏んだんだろう。珍しくゾルディックの名まで口にした。
ソファーに座る赤井さんの両側に、ゴンとキルアが陣取る。
「セレナ、ジュース!」
「ください、でしょ」
「ジュースください!」
「ゴンはいい子だねぇ。ちょっと待っててー」
「ごめんって! 俺も! ください!」
礼儀のなってないキルアを苛めつつ、台所に向かう。
オレンジジュースくらいあった気がする。
二人用にオレンジジュース、自分と赤井さん用にアイスコーヒーを入れて戻ると、二人はすっかり赤井さんと打ち解けていた。
子どもに懐かれる赤井さん、レア。思わずこっそり写真を撮った。
「ねぇセレナ、俺たち、もっとシューイチさんと喋りたい!」
「今日泊まってくけど、いいよね?」
オレンジジュースを飲みながら声を上げる子どもたち。
別にいいけど……なんでそんなに懐いてるの?
私がいない間に何をしてこんなに心を掴んだのか。赤井さんの謎スキルが気になりすぎる。
ちらりと視線をやれば、赤井さんは小さく笑っていた。満更でもないらしい。
「だめ?」
「んー、私はいいけど。あんたたち、いいの?」
「俺たち、別に急いでないしな」
「じゃなくて。この家、ヒソカいるよ」
もうすぐ帰ってくると思う、と告げる。
ビシッ、と、効果音が見えるほど、子ども二人は動きを止めた。
ああ、やっぱりな。忘れてたな、この子ら。
そろそろと顔を見合わせた二人は、なにやら目で会話。すぐに頷き合うと、同時に立ち上がった。
「帰る!」
「セレナ、シューイチさん、またね!」
「はいはい……」
一刻も早く、との表情に、思わず苦笑してしまった。
瞬き一つの間に掻き消えた二人の姿。
事態が飲み込めず、首を傾げている赤井さんに向き直った。
「ヒソカがどうかしたのか?」
「あー……あの子たち、ちょっと、ヒソカが苦手なのよ」
ちょっと、かどうかは知らないが。
そうか、と頷く赤井さんだが、あまり腑に落ちない様子。
まあね、赤井さんの前のヒソカと、ハンター世界のヒソカ、ちょっとキャラ違うもんねぇ。あっちのが何ていうか、はっちゃけてる?
玄関から聞こえた「タダイマ」の声に、間一髪だな、と笑ってしまった。