※ミステリートレイン後くらいの話



「電車を爆破してきたぁ?」



私の太股に頭を乗せ、腰に腕を回している男は、その声に頷いた。
ちょっと、そこで頭動かすの止めて。膝枕してんのに、動かれるとくすぐったい。



「何してんの、おまわりさん……」

「……言うな……」



弱々しく返されて、ため息が一つ。

ぽつりぽつりと零される事件━━ミステリートレインの概要。
鈴木財閥が誇る最新鋭の豪華特急「ベルツリー急行」。行き先不明のミステリートレインで、車内では被害者役と犯人役を除く他の乗客が探偵になって事件を推理するイベントが開かれていた。

あんたも来る?と園子ちゃんに聞かれたのは記憶に新しい。
私の第六感が全力で止めろと叫んでいたから、丁重にお断りしましたけどね。



「シェリーを追っていたのに……まさか事件が起こるなんて」



イベントではなく、本物の殺人事件が発生してしまった。
よくあることだよね。よくあってほしくないけど!

降谷零。
安室透。
バーボン。
三足の草鞋を履く彼の周りは、いつもにぎやかです。

結局、追っていたシェリーにも逃げられたという彼は、心なしかお疲れで我が家を訪ねてきたという訳です。
なぜ膝枕という体勢になったかは分からない。なぜかこうなってたんだよ!



「疲れた……」

「はいはい、ちょっと寝ていきなさいな」

「そうさせてもらう……ところで」



首を回して、こちらを向く。



「二階、誰かいるのか?」

「ヒソカがいるけど?」

「いや……もう一人」



心なしか目を細める零くんに、内心どっきーん。
なんなの、探偵って人の気配に敏感なの? この察知能力、ハンター並なんですけど。

二階には今、確かに、もう一人いる。
さてどうしようかと思ったとき、タイミングよくリビングのドアが開いた。



「あれ、来てたの」



笑いながら入ってきたヒソカに、力なく片手を挙げて答える零くん。
そんな姿に、ヒソカは楽しげに喉を鳴らした。



「お疲れだね、トール」

「……今は透じゃない」

「あぁ、ゴメンゴメン。お疲れだね、レイ」



律儀に言い直したヒソカの目的はリビングではなく、キッチンのようだ。
冷蔵庫からアイスコーヒーのボトルを取り出し、グラスを二つ持って戻ってくる。
見咎めた零くんが顔を上げて、声をかけた。



「やっぱり。誰かいるんだな」

「ん? うん、いるよ。ボクのトモダチ。会う?」



軽く答えたヒソカに気が抜けたのか、零くんはまたパタリと私の太股に顔を落とした。
思わず痛いと声を上げれば、さすさすと擦られる。おいそれセクハラだぞ。

そのままヒラヒラと手を振ってみせた。真意は「会うのはいい」ってとこかな。
笑いながら、ヒソカがリビングを出て行く。



「……寝る」

「え、ちょっと、零くん。ここで寝るの?」



返事はない。ただの屍のようだ……おやすみ三秒か。
別に重くはないからいいんだけど、これは起きるまで身動き出来ないな……。

手持ち無沙汰なので、眼下で眠る男の顔を眺める。褐色の肌を縁取る柔らかな金髪を撫でた。
うーん、可愛いな、この29歳。

三足の草鞋を履く彼は、その分、敵も多い。どこにいても気が休まらないだろうに、うちではこうしてスヨスヨと寝顔を曝しているかと思うと、くすぐったいね。
安心しきった寝顔が何とも言えない。



「セレナ」



再びリビングに現れたヒソカが、零くんが寝ているのを見越して小声で呼ぶ。
少しだけ開いたドアの隙間で、男が会釈していた。



「シューイチ帰るって言うから、一緒に行って、ついでに買い物してくるよ」

「わかった。赤井くん、またね」

「あぁ」



チラリと私の膝で寝る零くんを見て、赤井くんは口の端を上げた。

二階にいたの、赤井くんでしたー!
ヒソカのトモダチなんですよ、彼。どういう経緯でそうなったのかは知らないけど、ちょくちょくうちに来ては主に睡眠をとっていきます。
赤井くんも零くんも、うちを鉄壁の要塞か何かと勘違いしてるんじゃないだろうか。

零くんには言える訳ない。
別にどっちの味方って訳じゃないけど……零くんと同じく、うちに安心感を見出してるらしい赤井くんから睡眠場所を奪うのも憚られるし。
安全に眠れる場所、我が家。

玄関の扉がバタンと閉まる、と、膝の男がパッと目を開けた。



「……赤井ッ!」



そのまま身を起こして駆け出そうとする零くんを押しとどめる。



「なに、どうしたの」

「今、赤井の気配がした!」



気配て。
ここに赤井くんがいたのは事実だが、臆面もなく気配と言い出す零くんにびっくりだ。
実はハンターとかなのかこの子。



「夢じゃないの。その人、死んだんじゃなかった?」

「いや、奴は恐らく生きている。近くにいる!」



目をギラつかせ、今にも唸り出しそうな姿に溜め息が出る。
過去に何があったにしろ、これはだいぶ拗らせてる。よくない傾向だ。

赤井くんと彼は、きちんと話し合う必要があるよね。赤井くん、今死んだことになってるけど、いつまでも隠し通せはしないだろうし……公安、FBI、その他も、組織の違いを越えて手を組まなきゃ、あの黒い組織は追い込めないんじゃないかなぁ。

仲良くしろとは言わないけど、いがみ合わないで欲しいなー。
赤井くんイイ子だし……ってことを置いておいても、正直、零くんが「赤井赤井」うるさいこの状況は面白くない。



「……そんなにその人がいいなら、行けば?」



出た声は、思ったより低くなった。



「恋人の膝の上で寝ておいて、死んだ人の夢を見て、気配まで感じて……随分思い入れがあるのねぇ」

「おい、何を……」

「零くん、気付いてる? うちに来て、まだその赤井さんの名前しか呼んでないよ」



半目で言ってやれば、もともと大きい零くんの目が、更に大きく見開かれた。
ふいっと視線を外してやれば、慌てたように肩を掴まれる。



「待て、違う! 聞いてくれセレナ!」

「そんなに赤井さんが好きなら、いつまでも赤井さん探してれば?」

「セレナっ!」



がばっと抱きつかれ、苦しいほどに抱きしめられる。
我ながら意地悪言ったなーとは思うけど、これくらい許されてもいいよね?

縋るように抱きついてくる零くんは、震える声で続けた。



「セレナだけだ。セレナだけだよ……」



……もー。

震える身体を引き離し、両手で頬を包む。
真っ直ぐに瞳をのぞき込んだ。



「分かったから……そんな、捨てられた子犬みたいな目しないの」

「……どんな目だよ」

「そんな目だよ」



再び開きそうになった唇を、唇で塞いだ。

軽く目を開いて確認すれば、ぎゅっと瞑った零くんの顔。
まったく、可愛い子だな!



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