喫茶ポアロ。
「ちょっとついてきてくれないか」との沖矢の言葉に快く応じたヒソカは、思いがけない行き先に少しだけ目を細めた。



「いらっしゃいませ。……おや」

「こんにちは」



気付いた店員━━安室に会釈し、空いた席に向かい合うように腰掛ける。
冷やを運んできた安室が、二人を見た。



「珍しい組み合わせですね?」

「少し相談がありまして。男同士の、ね」



意味深に言ってのける沖矢に首を傾げ、安室はヒソカを見た。
視線が若干鋭くなっているのは無意識だろうか。青いなァなんて思いながら、ニコリと笑みを返す。



「二人は知り合いなの?」



ひくりと引きつった笑いで、「えぇ、まぁ」と答えた安室が、奥へと引っ込む。
恐らく聞き耳は立てているだろうと踏んでか、相談事にしては普段と変わらないボリュームで、沖矢は口火を切った。



「ジン……さんを、知っていますか」



反応したのは、奥の安室だ。
姿は見えなくても、ヒソカには分かる。彼の気配が明らかな動揺を見せたことを察知して、やはり聞いているのかと確信した。

それにしても、なぜ。
今ここで、あえてこの場所で、沖矢がその名を出すのか不思議に思ったヒソカは、真意を探ろうと目の前の沖矢を見つめる。
スッと薄く開かれた翡翠の瞳に浮かぶのは、茶目っ気だった。少なくともヒソカには、茶目っ気に見えた。

思い浮かべたのは、昨夜のセレナの愚痴。「最近、ますます安室さんの視線が痛い……イケメンに見つめられるのは嬉しいんだけど、さすがに面倒くさくなってきた」

━━大変だ。
恐らくコレは、「イケメンに見つめられるのは嬉しい」などと言ったセレナへの軽い意趣返しと、そのついでのおちょくりだ。

あぁ、なんと言うことだ。
これは━━盛大にノらなければ!



「ジンがどうかしたの?」



きらりとヒソカの目が輝いたのは一瞬だったはずなのだが、それを見逃す沖矢ではなかった。
深く頷いて見せ、息を吐く。



「……やはり、知っているんですね」

「まぁ、キミよりはね」



さて、ココからどうする?
台本のないコントが幕を開けた。



「セレナさんを、その男から離したいんです」

「セレナがそれを望んでいなくても?」

「どういう意味です?」

「さぁ、どういう意味だろうね」



ゆったりした笑みのヒソカと、真顔の沖矢。端からみたらとんだ修羅場に見える、かもしれない。
動揺を隠そうともしなくなった奥の気配に、溢れそうな笑いをこらえながら、続けた。



「ジンと引き離しても、あまり効果はないかもね。それだけじゃ何も変わらない。何より、あの人がセレナを離さない」

「あの人……?」

「キミも存在くらいは知ってるのかな?」



ヒソカが静かに言葉を繋いだとき、安室がその姿を見せた。
何気ない風を装って、台拭きを手にテーブルを回る。



「っ、まさか……あの人が……?!」

「そう……その人だよ」



誰だよ。

沖矢の手が震えているのは、怒りでも恐怖でもない。笑いだ。
ヒソカも、顔が笑ってしまわないように細心の注意を払っていた。
  


「彼はボクたちをまとめ上げる頂点……セレナは彼のお気に入りさ」



あながち嘘ではない存在を思い出したヒソカは、更に笑みを深くする。
特定の誰かについて話し出したことを敏感に察知した沖矢は、視線だけで続きを促した。



「どんなに抗おうにも、最終的な局面では彼の判断がボクたち全体の意志……彼女は、ハンターだから、ね」



従うとは限らないけど☆
ヒソカが心で付け加えたのと、ガタンッと音を立てて安室が何かを落としたのは同時だった。
薄く目を開いた沖矢が、何でもない風を装って振り返る。



「大丈夫ですか?」

「え、えぇ、すみません。ちょっと手が滑って……」



どうやら落としたのはメニュー表立てのようだ。

その後、会話もない気まずい雰囲気を醸し出しながら珈琲を啜り、同時に席を立つヒソカと沖矢。
別々に会計を済ませ、店を出る。

尾行がないことを確認し、百メートルほど歩いた頃、楽しげに喉を鳴らしたのは沖矢だった。



「誰の話だったんだ?」

「ハンター協会の会長の話、かな?」

「ほー……」



後でセレナに聞いてみるか、と呟いた沖矢に笑って頷いて、男二人は帰路に就いた。
こうして、沖矢(赤井)によるささやかな意趣返し兼おちょくり兼暇つぶしは、幕を閉じたのである。



すべてを知った日本のおまわりさんに「人をおちょくって楽しいですか赤井ぃいいいいいい!」と胸倉を捕まれるのは、そう遠くない未来……かもしれない。



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