寒い夜だった。
日中は雲一つなく、暖かさすら感じる天気だったのだが、暗くなるにつれて気温が下がっていったのだ。

いつもより一度上げて沸かしたお風呂。
十分に暖まって出ると、リビングはもぬけの殻だった。
おや、と思う間もなく、視界が揺れる紫煙を捕らえる。



「何してるの」



窓の外で煙草を吸っているのは赤井さん。
こちらを見てちょいちょいと手招きするので、不思議に思いながらも寄っていく。



「空気が澄んでいるからか、綺麗に見えてな」

「ああ、星ね。確かに」



指を差され、つられて見上げた先の星空。満天とは言い難いものの、十分綺麗に見える。
この場所でこれだけ見えるのは珍しいな。
今は夜でも明るいから、あんまり見えないんだよね。

そのまま、二人で空を見上げる。
星座はあまり詳しくないけど、オリオン座くらいは分かるよ。



「綺麗だねぇ」

「ああ……セレナは、星は好きか?」

「うん」



じっと見上げていると、なんだか吸い込まれそうだ。
目を細めた私に気付いたのか、赤井さんがこちらを見る。



「何か思い出でも?」

「思い出っていうか……向こうでは、結構見る機会あったからさ」



適当に野宿することも多かったし、遺跡調査なんかで一晩中山に籠もったこともある。
自分たちが持ち込んだもの以外の明かりはなくて、それらを消してしまえば残るのは自然の光だけ……そんな環境だからこそ見れる、満天の星空。
降り注いでくるかのような、あの光景。

特に印象深かったのは、あれかなぁ。世界樹。
世界一大きい樹とされている巨大樹だ。世界一って言ってもハンター世界の、だからね。ほんと、とんでもなくでかいよ。
遮るものが何もないから、見渡す限りの大パノラマ。

あの時は何気なく眺めていたけど、こっちじゃまずお目にかかれない光景かな。
しみじみ、感じてしまった。



「その時、セレナの隣に誰がいたかが気になるな」



ぽつぽつ語ると、返ってきたのはそんな台詞。ふ、と笑った口元が、ゆっくり紫煙を吐き出していく。
その時の……隣?



「ジンだけど」

「ほー……?」



あれ、なんで声低くなった?!

あの時は確か、新しい遺跡の調査でジンと組むことになって。
現地に行く前に打ち合わせ〜となったけど、あいつ常に行方不明だし。三日後に世界樹の天辺!と言いつけて待ち合わせしたのだ。懐かしいね。
そのまま夜通し喋ったのですよ。なんだかんだ、話が途切れないんだよねぇ。

なんてことを話すと、ますます据わっていく赤井さんの目。



「……妬ける」

「はい?」



やける、とか、仰いました?
驚いて見上げると、ふいっと逸らされる視線。

短くなった煙草から、ハラハラと灰が落ちた。危ないから消そう?



「赤井さーん?」



ちょんちょんと引っ張ると、なにやら溜め息を吐かれる。
ゆっくり振り返った赤井さんは、じとっとした目でこちらを見つめ返した。



「妬いた。悪いか」



むすっとした物言いに、思わずぽかんと見つめてしまう。
いや悪くはないけど……っていうかどうしたの貴方。

俺だってヤキモチくらい妬くさ、と言ったかと思えば、ぐっと腰を抱き寄せられる。
そのまま重なった唇からは、煙草の苦み。



「……あのねぇ」



ぺろ、と舐めて離れた顔を、呆れた目で追う。



「ジンは昔馴染みで、悪友っていうか……そんな感じなの。隣にいても空気みたいなもんだよ」

「それだけ気を許した男、とも言えるだろう?」

「うーん……まぁね。でも」



ぐいっと、両手で赤井さんの頬を挟んで引き寄せる。
驚いて少し開いた唇に噛みついた。
そのまま、しばらく。



「こうやってキスするのは、秀一くんだけよ?」



したいって思うのもね、と告げれば、ぱちりと瞬いた翡翠の瞳。

人より感度のいい私の耳が、とさ、と煙草が落ちた音を拾う。おっと、危ない危ない、火事になる。
赤井さんの頬から手を離して、吸い殻を拾い上げた。



「冷えたし、戻ろっか」



声を掛けるも反応がない。
ん?と思って振り返ると、赤井さんが片手で顔を覆っていた。



「……敵わない……」



おや、照れてる!



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