観覧車、どうやって止めようね?
ゆっくり、だが確実に転がる輪っかを前に、ううんと唸った。
素手で、という選択肢が一番楽だし速いのは事実なんだけど、一番不自然でもある。何もないところで止まったら超常現象だよねぇ。
赤井さんも回収したいところだし、悩む。
とりあえず、何かあればすぐさま止められるようにと併走しつつ、少ない脳味噌を回転させておく。
そんなとき、視界に引っかかったのは一台のクレーン車。
……あれ、使えるんじゃない?
「そうと決まれば!」
声を出して気合いを入れ、すぐさまクレーン車に向かって走り寄る。
この重機を転がる輪っかの前方に置けば、ストッパーになって回転が止まるはず。これなら、もともとここの敷地にあった車だし、多少場所が変わっていたところでそう不思議に思われないはずだ。うん、多分正解!
バランスを崩した輪っかが転倒するリスクもないことはないが、その時はその時。
エンジン掛かると楽なんだけど、と運転席のドアに手をかけたところで、ポケットから振動。
着信だ。
相手は──、
「マチ?」
まさか、キュラソーに何か!?
慌てて通話ボタンを押すと、飛び込んできた怒声。
『遅い!』
「2コールで出たけど!? キュラソーに何かあった?」
言いながら、
こちらに気付いたマチが、片手で何かを放り投げてきた。
って、キュラソーじゃん!?
「っ、マチ」
「馬鹿。本物はあっちだよ」
思わず鋭くなる視線の先。呆れながら指差された方向には、ベッドに寝かされたキュラソーの姿があった。眠っているのか、穏やかに上下する胸にほっと息を吐く。
よかった、無事だった。
と、いうことは?
今マチに投げつけられた、このキュラソーは……
「偽装工作。要るんだろ?」
ふん、と鼻を鳴らして告げられた答えに、じんと胸が暖かくなる。
マチったらなんていい子なの……?
キュラソーの状態と私の様子から何かしらの敵に追われている状況を考え、彼女を匿うには死亡したと思わせるための偽装工作が必要だろうと推測した。そして、用意してくれたのだ。
「女神か……!」
「馬鹿言ってないでさっさと行きな」
ビッと鋭く扉を指さされて苦笑する。照れ隠しかな?
腕の中のキュラソーは、まるで本物さながらの精巧さ。そこらから適当な死体を調達した、というわけじゃなさそう。
こんなことができるのは、と思案したのは一瞬。すぐに、とある人物の顔が浮かんだ。
「コルトピだね?」
マチと同じ幻影旅団の団員、コルトピ。
長髪で常に顔が隠れているから、素顔は見たことがないんだけど、小柄なその姿とは何度か顔を合わしたことがある。
「呼んでくれたの?」
「ちょうどいたんだよ。もう行ったけどね」
それ絶対呼んでくれたやつじゃん……!
なんだよマチもコルトピもいい子すぎか……!?
彼の念能力、
左手で触った物体の複製を右手で具現化する能力で、美術品の複製なんかを作るのを見たことがある。生命体も複製できるが、その場合は動かない物体、つまりは死体として複製される。まさに今の状況にぴったり!
「もたもたしてんじゃないよ。時間に制約あるの知ってんだろ。さっさと行って、ケリつけてきな」
確か、コピーした贋作は作成から24時間後に消滅するんだったか。24時間。それだけあれば、流石に事態も終息しているだろう。しているよね?
「ありがとう、マチ! コルトピにもお礼言っといて! 今度何か奢る!」
再度礼を言って、ドアを閉めて探偵世界へと戻る。
間髪入れず再び開いたクレーン車のドア。運転席へと、キュラソーの複製を座らせた。
「うーん……リアル……」
目を瞑ってぐったりとしたキュラソー、本人にしか見えない。
本物はちゃんと無事に眠っていると分かっているし、先程実際にこの目にしたのだが、こうもリアルだと唸るしかない。このままここにこの子を置いていくのかと思うと胸が痛い……!
ま、そうも言ってられないんだけどね!
エンジン──かかる!
ラッキー!と思いながら、躊躇い無くアクセルを踏んだ。運転席にはキュラソーを座らせたため、その横からの操作になるので体勢は少し苦しい。自分に気合いを入れながらハンドルを切る。
真っ直ぐ、回る輪っかの軌道へと。
潰れる。
その、直前。
ふと視線を上げた先に、零れんばかりに目を見開いた赤井さんが見えた。
その口が動く──「セレナ」。
ニィ、と笑った私の顔は、果たして彼に見えたかどうか。
直後に起こった爆発で、辺りは黒煙に包まれていった。