うっそん。
爆発するんだろうなぁと思っていた観覧車だが、まさか転がって回るとは。なるほど、そういうパターンも有りか。劇場版を甘く見ていたぜ……!
遠い目と共に己の甘さを痛感する私を現実に帰らせたのは、傍らのキュラソーだった。唖然としたように目を見開いた彼女は、数秒後には驚異の瞬発力で跳ね起きて駆け出したのだ。
うっそん!?
「キュラソー!?」
嘘でしょあなたお腹に穴空いてるんですよ!?
焦る私を余所に、痛みすら吹き飛んだ様子の彼女は足を止めない。その顔は、私に負けずとも劣らないほどの焦燥を浮かべていた。
手負いとはいえ流石は
慌てて追いかけて隣に並ぶ。
「待ってよ、急にどうしたの?」
「子どもたちがっ!」
泣きそうなほどに顔を歪めて、彼女は叫ぶ。
「子どもたちが、観覧車に乗ってるの……!」
私の目は、瞬時にゴンドラの中でうずくまる子どもたちを捉えた。
……うわっ、ちゃー……。
そうだ。そうでした。観覧車に乗りに行くって言ってました。ということは、もしかしなくても、園子ちゃんとかもここにいますね?!
「観覧車を止めないと……っ」
「っ、ちょっと、無理しちゃダメだって」
「でも! あの子たちがッ!」
痛みなのか焦りなのか、キュラソーの瞳からはボロボロと涙が零れ落ちている。でも、泣いてるなんて、本人には自覚がないんだろうな。
こんなときなのに、その涙が綺麗、なんて思ってしまう。
お腹に穴の空いたキュラソー。
観覧車に取り残された子どもたち。
両者を乗せた心の天秤は、一瞬で前者に傾いた。
なぜって、後者は私でも何とかできるからだよ!
「──マチ!」
繋がったままだった電話に叫ぶ。
律儀にも待っていてくれた通話相手が応えるより早く、一方的に要求を伝えた。
「今から行く子のお腹、縫って!」
言うなり、走るキュラソーの腕を掴んで方向転換。驚いてぎょっとした彼女の顔を横目に、視界に入った手近な店のドアに手をかける。
私の念、任意の場所へ空間を繋ぐ
繋ぐ先はもちろん、ハンター世界だ。
「ちょっと、セレナ」
ドアの向こうで険しい顔をして立つ彼女はマチ=コマチネ。初めはヒソカを通じて知り合った女の子で、たまに顔を合わせるいわゆる顔見知りってやつ。連絡先を知っているくらいには仲がいいと思うよ。あっちから届くのは八割方ヒソカへの苦情だけど。
マチは幻影旅団、通称「クモ」という盗賊集団に所属する念能力者。彼女が念で作り出す糸──念糸に繋げられないものはない。
念糸縫合。血管でも神経でもほぼ完璧に繋げられる彼女なら、キュラソーのお腹に空いた穴も綺麗に縫ってくれるだろう。
「ごめんマチ、お願い!」
「待ちな! 一つだけ──こいつはセレナの、何?」
彼女の真っ直ぐな視線が私を射抜く。
「娘!」
「えっ」
驚いて目をまん丸にするキュラソーと、一気に呆れた顔になったマチ。
え、なんでそんな反応?
「え? 娘って……私が、貴女の……?」
「……アンタ、諦めな」
傷は縫ってやるから、と何故かキュラソーを慰めにかかるマチに首を傾げるしかない。
ええー、だって、キュラソーの命は私が貰ったじゃない? じゃあうちの子じゃない。キュラソーは女の子だから、娘でしょ? 間違ってなくない?
「……まあ、いいや。キュラソー、傷、縫ってもらったら安静にね」
「っ、でも」
「私が何とかする」
何を、とは言葉にしなかったが、キュラソーには伝わったはず。その証拠に、じっと見つめる先で彼女のオッドアイが揺れていた。
見つめ合うこと十数秒。
やがてゆっくりと瞬いたその瞳は、もう迷ってはいなかった。
「あの子たちを──お願い」
その言葉に頷くと、念糸を練り上げるマチへと視線を移す。
ちらりとこちらを見たマチは、顎でドアを示した。行け、ってか。相変わらず気の強い子だなぁ。
「うちの子を任せたよ、マチ」
「貸し一つだからね」
旅団に貸しを作るとは。
ヒソカに小言を言われそうだなぁ、なんて頭の片隅で考えつつ、世界を繋ぐ念を解く。ドアの向こうには東都水族館のグッズが並んでいた。ミュージアムショップだったらしい。
転がる観覧車のスピードは速くはない、が、いずれ止まるだろうと楽観視できるほどでもない。
このままでは水族館に衝突し、多大な犠牲が出るだろう。
そうなる前に。
「止めますかぁ」
呟いた声は、喧騒にかき消されていった。