観覧車からのダイブ中、私の目は都合よくキュラソーの姿を捉えることに成功した。グッジョブ動体視力。
私と同じく、重力に逆らわず落ちていく彼女の体。相変わらず暗い視界だが、その身体にいくつもの傷があることが分かって舌打ちが漏れる。
やはり、先ほどの銃撃での負傷は免れなかったか。

先に水面に落ちたのは彼女。追うように、ドプンと身を沈ませた。潜水タイムの始まりだ!



「っ、は!」



どうやら意識をと飛ばしたらしい彼女を引き上げ、水面へと顔を出す。
はー、息が吸えるってありがたいー!
容赦なく降る瓦礫を避け、時には粉砕しつつ、なんとか陸へ上がる。キュラソーの身体を横たえたら水を吐き出したので、ひとまずは大丈夫そうだ。

ひとまずは。

……いや、だって、この子のお腹、穴空いてるんですよ……!
落ちたときに鉄骨にでも刺さってしまったのか、決して軽くはない怪我を負っている。



「キュラソー、聞こえる?」



騒音に負けじと声を張り上げると、彼女の閉じられた瞼が震える。
やがて開けられた瞳は、左右で違う色をしていた。キレイだな、なんて思ってしまう。



「聞こえてる? 分かる?」



再度声を上げると、彼女の瞳がそろりと私を見た。
焦点が合った、と思いきや、ぎょっとしたように目を見開く。続いて飛び起きようとした身体を慌てて押さえた。
穴空いてるんですよ!?



「どうして貴女が……っ!」

「落ち着いて。満身創痍なんだから、急に起きちゃダメだよ」

「どうして、なぜっ」

「キュラソー」



今までよりは抑えた声量の呼び掛けだが、彼女は目を見開いたまま動きを止めた。
震える唇が「どうして」と呟く。

落ち着いて、と再び言い聞かせて、ゆっくりと瞳を合わせた。



「貴女は、どうしたい?」



脈絡のない問いかけ。
できるだけ優しく言葉を紡いだつもりなのだが、何かを感じたのか、キュラソーはじっとこちらを見返してきた。
深呼吸一つ、二つ、三つ分。



「……また、観覧車に、乗りたい」



あの子たちと、と続けられた言葉に、私の笑みは深くなる。
うん、やっぱり、この子は白も似合うよね!



「キュラソーはここで死ぬ」

「っ!?」

「記憶を無くしていたお姉さんは、無事に思い出して故郷へ帰る」

「え……なに、を」

「定期的に手紙を書く。私は元気です、って」



つらつらとこれからこうなります、という予定を話すと、キュラソーの困惑は更に強まった。
まあねぇ、唐突にこんな話されたら、誰でもそうなると思う。でも止めない。



「暫くして色々とほとぼりが冷めたころ、旅行で訪れた遊園地で子どもたちと楽しい再会を果たす。……どう?」

「それは……そうなったら、どれだけ」



どれだけ、いいか。
涙声で俯いたキュラソー。

うんうん、そうかそうか。よーし決定だ!
思わず笑みを浮かべていると、そんな私の様子に気付いた彼女が恐る恐るといった風にこちらを窺ってくる。



「貴女は……一体……」

「私はセレナ。ただの女子高生だよ」

「……無理があるわ」



何で!? 私、ただの女子高生だよ!?

彼女の言葉には盛大に反論したいところだが、ふ、とこぼれた笑いが可愛いので黙っておく。
クールビューティーなキュラソーちゃんも素敵だけど、子どもたちと笑っているお姉さんも可愛いよね!



「貴女の命、私が貰い受ける」



我ながらどこの時代劇かな?と思いつつ、立ち上がって手を差し出す。
根気強く待つこと十数秒、おずおずと伸ばされたその手を、力強く取って握った。
もう離してあーげない!



「そうと決まれば治療だね」

「……医者、は……ちょっと……」



今更だけどキュラソー、よく会話していられるな……?
変なアドレナリンとか出て、痛みを感じていないのかしら。それとも、元々痛みに強い?
どっちにしろ、早く何とかしないと。致命傷ではないにしろ……いや十分致命傷だけど! 
ズタボロの身体で、しかも全身水浸しなのはよくないね!

水中ダイブしても落とさなかったスマホをポケットから取り出す。電源──うん、無事に入る。流石、ハンター世界基準。海底でも通話可能が売りなだけあるね!
手早くアドレス帳を辿り、見つけた名前をタップした。



「──あ、マチ? ちょっとお願いが」



あるんだけど、と言い掛けた私の背後で、爆発音。
ゆらり、観覧車が転がり始めた。うっそん……。



戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -