ホームルームが終わり、教室内は一気にざわめきだす。
帰り支度をする者、部活へ行く者、友達と話し始める者、さまざまだ。
さて帰るか、と立ち上がったところで、ポケットに入れていたスマホが震える。
これは、“こっち”用だな。
「あ、セレナちゃん!」
スマホを取り出す前に、背後から声をかけられた。
振り返ると、クラスメイトの女子が、にこりと笑って立っている。
「これ、セレナちゃんのじゃない?」
差し出されたのは見覚えのある柄の、タオルハンカチ。確かに私の物だ。
鞄にいれたつもりだったんだけれど。
「ごめん、私のだ。ありがとう、蘭ちゃん」
蘭ちゃん。
クラスメイトの、毛利蘭ちゃんである。
そう、私━━セレナは、世界を越えた先で、帝丹高校の二年生をしているのです。
転入初日に、一方的に見知った顔を見つけたときは、まじかよと顔がひきつったものの、あくまでクラスメイト。
それほどよく話す訳ではないけれど、普通にクラスメイトをしております。
蘭ちゃん可愛いよ、蘭ちゃん。
「また明日ね、セレナちゃん」
「うん、また明日。蘭ちゃん部活? 頑張ってね」
「ありがとう!」
にっこり笑う蘭ちゃんまじエンジェル。
こんな子を待ちぼうけさせる名探偵に呆れの溜め息しかでないな。
そのうち愛想尽かされて、別の男に取られちゃうよー? なんて、未だ顔を合わしたことのない彼を思った。
蘭ちゃんと別れ、教室を出て、スマホのことを思い出した。
歩きながら取り出し、確認。
ラインが新着メッセージを告げていた。
『学校おつかれさま夕飯のリクエストは何かあるかい?』
ヒソカだ。
世界を繋げた時、なぜか着いてきたピエロ。本人にピエロっていうと、「奇術師だよ」と訂正されるんだけど、印象としてはピエロなんだよね……食えないところが特に。
こっち、探偵世界に来てからのヒソカは、めっきり主夫をしている。手先が器用だからか、料理も上手。
やりとりを続けると、どうやら奴は今、近所のスーパーにいるらしい。合流する旨を伝え、歩き出す。
しっかし、スーパーねぇ……彼に変態ピエロやら戦闘狂やらのイメージを持つ人にとっては、違和感しか感じない場所だろう。
私も、原作しか知らなかったら、そうとしか感じなかったと思うよ。
スーパーにてヒソカと合流。買い物を終えて、帰路につく。
ヒソカは車で来ていたため、私は助手席に座っていれば、後は自動的に自宅にたどり着く。
「なんか、馴染んだねぇ……」
軽快にハンドルを握る運転席の男に、思わずしみじみと声が漏れる。
そんな私を、ヒソカは面白そうに笑った。
「こっちつまんなくない? なんで着いてきちゃったのかねぇ、アンタは」
「別に退屈はしてないよ。向こうと違うところも多いけど、それはそれで楽しいから」
穏やかに笑うコレがヒソカだと、原作だけではわからんよな。
ノーメイクだし。服も七分袖のシャツにパンツスタイルだし。ただのイケメンじゃないか。
「それに、我慢できなくなったら、行かせてくれるだろう?」
ハンター世界から探偵世界へ。
世界を越えたのは、私の念の力だ。
世界を超える……正確にいうと、世界を繋げる力。常時繋ぎっぱなしではなくとも、必要に応じて行き来は可能なのである。
「セレナがいるところが、ボクのいるところだよ」
にっこり笑うヒソカに、イケメンだなぁとは思うが、ときめきはしない。
何を隠そう、幼少期から育てたのは私だ。気分は母親に近い。
念を身につけた少年ヒソカは、そりゃあもうはしゃぎまくっていた。
はしゃぎまくって……その、アレですよ。もうあっちこっち真っ赤にさせてましたよ。
標的にされ、逆にコテンパンにやりこめて、ちょっと説教した。
そしたら、いつの間にやら押し掛け弟子になられていた。それからずるずると、一緒にいる訳です。
あの時があって、今のヒソカができたのだろう。原作よりだいぶ常識的に育ったと思うよ?
そんな訳で、彼に抱くのは家族愛だ。
「厄介な拾い物したよねー」
「拾った物は最後まで責任持って育てないとね」
「そもそも、拾ったつもりはなかったんだけどなぁ」
「ボクは拾われたつもりだったよ」
後悔している訳じゃない。
ヒソカを不本意ながら拾って、育てて、世界を越えさせてしまった。原作への介入だし、下手したら原作破壊にも成りうる。そこに若干の不安要素はあるが、もうやってしまったことだ。今更何をいっても、何を考えても、どうにもならない。
それに、親子のような、姉弟のような、師弟のような、一言では表せられない彼との関係は、案外気に入っている。
「はい、到着」
丁寧な運転で車を止めたヒソカ。
この世界での私の、私たちの家。自然とこぼれた「ただいま」に、込み上げる笑いは柔らかかった。