深夜。
カチ、カチ、と秒針の音が聞こえる中、私は薄らと目を開けた。
眠れない訳じゃない。現に、今の今までちゃんと寝ていた。
起きたのは━━気配がしたから。職業柄、気配には敏感なんですよ。



「赤井さん? どうしたの」



こんな時間に、と言いながら身を起こす。
時計を確認すれば、ちょうど日付が変わったところ。下でヒソカと酒盛りしてなかったっけ?

首を傾げる私の視線の先、ふらりと歩み寄ってきた赤井さんは、予想外の行動に出た。
ダンッ、と。
強い力で、押し倒された。



「っ、なに」



するの、との抗議は、声になる前に飲み込まれる。
噛み付くように唇を塞がれた。
強引なそれに、流石に息が苦しい。



「ッは、なん、なの……!?」



なんとか押し返し、見上げた先。
我が目を疑った。
だって、癖のある黒髪の合間に揺れる、耳。

耳?!



「ちょっ、何それどうしたの!?」



思わず加減を忘れて押し返し、形勢逆転、布団の上に押し倒す。
マジマジと見つめ、触れてみたそれは、やっぱり耳だ。あれだ、獣耳ってやつ。

えええええ……と思いながら触っていると、ぼふっと顔に衝撃。
思わぬ方向からの攻撃に、つい力が弱まる。
え、なに。



「尻尾まで生えたの……!?」



ふさふさの尻尾。揺れる獣耳。
これは……狼かな……?

男は狼なのよ、気をつけなさい〜♪
って止めろ自分今これ再生するな!

バンッと、顔の両側に赤井さんの腕。
覆い被さられて、間近で見つめる羽目になった。



「あ、赤井さーん……?」



返事はない。
非常に嫌な予感に、ひくりと唇の端が引きつった。

目、が。

……瞳孔が完全に開いてますぜ旦那ァ!



「赤井さん、ひょっとしなくても理性とかそういうの飛んで、ッ!?」



噛 ま れ た !

ガブリと、加減なく首筋を噛まれて、息が詰まる。
ちょっと貴方これ私だから耐えられてるけど!
だいぶアカン構図になってますけど!?自覚ある?!ないよね!!!

ぐるるるるる、と、低い唸りが聞こえて、頭を抱えた。
またもや乱暴に塞がれた唇。好き勝手に絡め取られて釈然としないが、何を言っても無駄だなこれは。
私を見ているのか見ていないのか分からない翡翠の瞳は、いつになくギラついている。

……も、いいよ。好きにしなよ。
邪魔だと言わんばかりに脱がされた服に、もう遠い目しかできなかった。






「おっはよー!……なにしてんの?」



いつぞやのデジャヴよろしく顔を出した快斗が、ドアを開けて足を止めた。
彼の目には、仁王立ちの私と、その前で正座する男二人が見えていることだろう。
ちらりと視線をやれば、「あっうん」とかなんとか言いながらドアを閉めた。ごめん。

さて、と改めて目の前の男二人を見る。言わずもがなヒソカと赤井さんだ。

零れた溜め息に反応したのは赤井さんだった。



「本当に、すまん」

「覚えてないんでしょ」

「あぁ……だが、俺が、やったんだろう?」



そう言っておずおずと顔を上げる三十路男性。
彼の視線の先は、私の肩。それから腕、脚、一通り見てから気まずげに目を伏せる。

そりゃあね!包帯ぐるぐるですからね!
好き勝手、しかも思いっきり噛んでくれましたからね!食材の気持ちが分かったわー。



「ほら、赤井さん熱あるんだから。とりあえず横になりなさい」

「いや、だが」

「いいから」



軽く睨めば、おずおずと立ち上がり、ソファーに座った赤井さん。
横になりなって言ってるのに。

獣耳や尻尾は取れた彼だが、後遺症なのか何なのか、朝から高熱だ。



「ヒソカ」



静かに名を呼べば、サッと視線を逸らされた。
おいコラ。子どもか。



「どこで手に入れた?」



これ、と、よく見えるように掲げてやる。普通の、どこにでも売っていそうな酒瓶だ。
ラベルに「オオカミニナール」なんて書かれてなきゃね!
なんだよこの怪しさしかない代物は……!



「向こうの家に届いてたんだ。ハロウィンだからって」

「誰から」

「……分かんない」



一瞬で間合いを詰め、胸ぐらを掴み上げた。
そのままガクガクと揺さぶる。



「そんな怪しいもんを赤井さんに飲ませたのかアンタは!?」

「ゴメンナサイ!」



ああなるとは思わなかったんだ、と珍しく本気でしょげているヒソカに、ひとまず手を離した。

オオカミニナール。
そのまんま、飲んだら狼になって理性飛ばすような代物とは、思わないよね普通はね!



「アンタは飲まなかったの?」

「口を付ける前に、シューイチに耳が生えた……」



あれよあれよと言う間に耳、尻尾と生えた赤井さんは、低く唸って私の部屋へと駆け上がっていったらしい。

びっくりしたよ、と零す言葉は嘘ではないだろう。本当に知らなかったようだ。
熱が高く、気だるそうな赤井さんを見るヒソカの目には反省の色が見える。
私がどうなろうと気にしないだろうけど、赤井さんに害を加える気はなかったんだろうな。

今回は熱が出た程度で済んだが、あのまま戻らないとか、もっと深刻な後遺症が残るとか、最悪死んでしまうことだってありえた訳だ。
私とヒソカが大丈夫でも、赤井さんは普通の人間。基本的に人外な我々ハンターとは違う。
……改めて思い知らされたよね。

全く……。



「ヒソカも赤井さんも、こんな見るからに怪しいもんに手出しちゃだめでしょ」



送り主の予測はつく。
どうせあの傍迷惑な野生児か、トラブルしか持ってこない会長のどちらかだろう。
彼らからしたら冗談のつもりだったのだろうが、こうなった以上落とし前はきっちりつける。

二人の内、送り主がどっちかって、そんなものどっちでもいい。とりあえずどっちも殴るから。



「ヒソカは今後、分からないものには迂闊に手を出さない!」

「うん」

「赤井さんも向こうの代物を簡単に考えないで!」

「了解した……」



これにて説教終わり!

宣言して踵を返せば、ドアの隙間からこっそり覗いていた快斗と目が合った。
慌てて閉められて苦笑。

朝からごめんねとドアを開ければ、恐る恐る室内に入ってきた。



「何かあったの……?」

「もう片付いたから。大丈夫よ」



ほっとした顔になった快斗。
……から落とされた爆弾に、私は再び踵を返すことになる。



「俺がいないとこで、みんなでハロウィンパーティーしてた? ヒソカから赤井さんが狼になってる写真来たんだけど!」



ほら!と見せられたスマホの画面には、月明かりの下で爛々と目を輝かせ舌なめずりする赤井狼が。

な に が びっくりした、だ!
ちゃんと構図まで決めて写真撮ってる余裕あるじゃないか!

振り返った頃には既に逃げ出した我が子。
はっはっは。



「ヒソカぁ……ハッピーハロウィーン?」



呟いて走り出す。
「セレナ怖い!」との声が背後から聞こえたが、心外ですね!
盛大な追いかけっこが始まった。

写真寄越せ、ヒソカぁ!!!



Fantastic Halloween!!!



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