『協会が必死になって捜してるぜ』
開口一番の言葉にげんなりする。
今日も今日とてタイミング悪く、ポアロにいるときに掛かってきた昔馴染みからの電話。
安室さんのこともあったが、気になることがあったので取らないわけにはいかなかったのだ。
「決まったから電話してきたんじゃないの?」
『近況報告だ。気になってただろ?』
「まぁね……」
ハンター協会。
ネテロというとんでもないジジイを会長に据えた、ハンターたちを束ねる協会だ。
プロのハンターを名乗るには、年に一回行われるハンター試験に合格し、ハンターライセンスを手に入れなければならない。
その試験を開催し、ライセンスを発行しているのが、ハンター協会というわけ。
そして今回、私やジンがそんな協会に捜されてる━━もとい追われているのは、そのハンター試験のせいだった。
「もっと他にいるでしょうに……ねぇ」
ハンター試験の、試験官。
専属の試験官がいるわけではなく、毎年プロハンターの中から選ばれて押し付けら……委託されるのが、この試験官だ。
試験内容は試験官が自由に決められる。とは言っても、それなりに責任もあるし、時間的にも拘束される。
元々自由を好むハンターたちの中では、やりたがらない人が多かった。
無論、私も例外ではない。
『セレナ、結構前から目ぇ付けられてたんだろ?』
「ジジイから声は掛けられてたけど、ね。その都度断ってたんだけど」
『人の話聞かねーからな、あのジジイ』
人のこと言えねぇだろ、との突っ込みは心の中だけにしておいた。
ハンター協会会長、ネテロとは、まぁ昔馴染みだ。それなりに長い付き合いもある。
なにが面白いのか、ちょくちょく連絡をとっては巻き込んでくる傍迷惑なジジイだが、実力はまぁ、それなりに認めている。
「期限、今日だったでしょ。まだ諦めてないの」
『みたいだぜ。着信入ってねーの?』
「拒否してる」
『ひっでー!』
「人のこと言えないでしょ……」
『まぁな!』
私もジンも、試験官なんて面倒〜と思っているタイプだ。互いに好き勝手生きてるからね。
私に至っては世界まで違うというのに、必死になって試験官にしようとしているハンター協会にどん引くわ。そんなに成り手いないのか。いないんでしょうね。
『引き受けてやれよ、“ゴッドマザー”』
からかいを含んだその声に、ざわりとオーラが揺れる。
「……随分、懐かしい名前ね」
『そうか? まだ現役の二つ名だろ?』
「私がその名前気に入ってないの知ってるでしょ……止めてよ」
ゴッドマザー。
ヒソカがまだ小さかった頃の話だ。
私が暇つぶし兼資金稼ぎ兼ヒソカの指導のために天空闘技場に出場していたころ、場内アナウンサーに付けられたリングネーム。それが、ゴッドマザー。
あの頃のヒソカは、念を身につけていたとはいえ、まだまだひよっこ。上階の相手には負けることも度々あった。
それでも、持ち前の負けん気というか、戦闘狂の気というか……嬉々として闘って、技術を高めていた。
しかしそこは、腕に覚えのある者たちの聖地。まだ少年といえるヒソカの活躍をやっかむ者もいた。
リング外での襲撃。不意をつかれたヒソカは重傷を負ったのだ。
いやー、怒ったよね。心当たりのある奴を一人一人潰して回ったわ。もちろんリング内でね。
奇襲したらヒソカを襲った奴と同じになっちゃうから、それじゃあヒソカの教育に悪いとも思ったしね。
で、まあ、そこでついたのが、このリングネームだ。息子を守る最強の母親、ゴッドマザー。
よく考えたら……いや、考えなくても、大変恥ずかしい。あれだよ、私も若かったんだよ。
消しても消しても浮き上がるこの名前、ようやく忘れていたのに……!
「とにかく、私の前で二度とその名を口にしないで。潰すわよ」
『冗談が物騒なんだよ……』
「あら、冗談かどうかなんて、あなたならよく分かるでしょ。ねえ、ジン?」
ひやりとした空気はそのままに、クスリと笑ってやれば、電話の向こうの男は戦慄いたように頷いた。
ちょっと、びびりすぎじゃないの。失礼な男だなーもう。
『さすが、あのジジイが一目置くだけのことはあるよな。なんでシングル受けないんだ?』
プロのハンターは、その功績に応じて称号が贈られる。
たぶん、申請すれば私のライセンスにも星が付くと思うけど……めんどくさいからしてない。
「私は、ただの“ハンター”だよ」
それで充分、と笑う。
背後で息を呑む気配を感じた。え、ちょっと、まさか……
通話はそのままに、できるだけゆっくりと、自然に見えるように振り返る。
あ、ああああー!
安室さんと江戸川さんじゃないですかーやだー!
なんかめっちゃ見てくるー!
「……あれ、決まったらメールちょうだい」
『おぉ、覚えてたらな!』
忘れるなコイツ。
確信して通話を切ると、零れでる溜め息を必死に押さえて、不思議そうな顔を作り上げた。
「あの、どうかしました? コナンくんまで……」
わざとらしく首を傾げてみせる。
すると、我に返ったように、小さな名探偵は口を開いた。
「い、今の電話、だれ?」
「ん? ……んー……ともだち……?かな?」
なんて表現すべきか真剣に悩んでしまった。
友達? 私とジンは友達なんだろうか。
「そ、そっかぁ……あの、セレナねえちゃん」
「なぁに、コナンくん」
「さっき、ハンターって……!」
「セレナー! ガキンチョー! 電話終わったんならさっさと戻ってきなさいよー!」
意を決して、といった感じの名探偵の声は、園子ちゃんの声にかき消された。
た、たすかったー!
「ごめーん、すぐ行くー!」
「え、ちょっ、話はまだ……!」
名探偵の声を振り切って店内へと駆ける。ごめんなさいね!
席についてチラリと見れば、名探偵とバーボンさんはなんだか真剣な顔で言葉を交わしていた。
なんだなんだ、そんなに怪しかったか?!
先ほどまでの通話を思い返しながら、冷めかけたパンケーキを口に運んだ。
「今日ねー、…………ってことがあってさぁ」
「(溜め息をついて頭を押さえる)」
「……なによ?」
「ウイスキーにチェリーブランデー……」
「?」
「“ハンター”だ」(スマホで検索した画像を見せながら)
「?! 酒の名前なの!?」