喫茶ポアロ。
期間限定のパンケーキに釣られてやってきた女子高生たちは、今日も賑やかにトークを繰り広げていた。
たまたま遭遇し、引き入れられたコナンは、表面上は笑顔でオレンジジュースを啜る。
心情としては、よく話すネタが尽きねえなあ、である。
「あ、ちょっとごめん!」
震えたスマホを片手に、セレナが席を立つ。
先に食べてて!と言い残し、店の外へと出て行った。電話だろう。
「まーたギンさんから電話よ。熱いわね〜」
園子が二ヒヒと笑う。
もう、と窘める蘭だが、気にはなるらしい。チラリと店の外を見てから口を開いた。
「ねえ、その人ってやっぱり、セレナちゃんの彼氏なのかなぁ?」
「さあねー。沖矢さんと付き合ってんのかと思ってたけど、実際のところはどうなんだか」
「戻ってきたら聞いてみよっか」
呆れた目で聞いていたコナンだったが、沖矢の名前が出たことで、俯きがちだった顔を上げた。
確かに、セレナは沖矢と仲が良く、端から見ると何故付き合っていないのかが不思議なほどだった。
なのに、ギン、という男と親しいという。初めて聞く名前である。
誰だ?と気になったところで、好奇心に負けて「ねえねえ!」と声を上げた。
「その、ギンさん?って、だぁれ?」
「知らなーい。電話かかってきたとき、ちらっと見えるんだよね、ギンって名前」
「ふーん……」
「お待たせしました、マロンマロンです」
わぁ、と園子と蘭が歓声を上げる。
栗がゴロゴロと乗せられたパンケーキに目を輝かせる女子高生は、サッと取り出したスマホで撮影会を始めた。
ハハ、と乾いた笑いを零すコナンは、運んできた店員が窓の外を見ているのに気づき、声を掛けた。
「安室さん? どうしたの」
問いかけられた店員━━安室は、振り返ってコナンに視線を合わした。
「いや、先ほどの蘭さんたちの会話が聞こえてね。彼氏さんからの電話なんだなあと」
「彼氏かどうか分からないですよ!」
蘭が慌てて訂正する。
「おや、そうなんですか? でも、珍しいお名前ですよね、ギンさんって」
「あだ名なのかも。ローマ字だったし」
その瞬間、安室の笑みが深まった。
コナンも動きを止め、バッと園子を見上げる。
「ローマ字……? ギンって、ローマ字だったの?!」
「え? えぇ、ローマ字でギン……G、I、Nって」
GIN……ジン……!?
心臓がドクンと跳ねた気がしたコナンだが、すぐに落ち着け、と自分に言い聞かせる。
ジン、なんて、どこにでもいる名前だ。自分の知る、あの黒ずくめの男の名前とは限らない。
そう思うのに、隣に立つ安室が、なんだか考え込むような顔で店の外を見ているものだから、ドクンドクンと早まる鼓動はうるさかった。
「ねえねえ、食べちゃおうよ。セレナも先に食べててって言ってたし!」
「……ぼく、セレナねえちゃん呼んでくるよ!」
「あ、ちょっとコナンくん!」
電話急かしちゃダメよ!と、蘭の言葉が背中にかかる。
はーい!といい子のお返事で、コナンは店の外へと走り出した。
電話の様子を聞けば、この背筋が震えるような不安が解消されるに違いない。
そう信じて、そっと店のドアに手を掛ける。
「え?」
力を入れるより先に開いたドア。
驚いて顔を上げると、背後から安室が腕を出していた。
「あ、安室さん?」
「僕も気になるんですよ……彼女の電話の相手が、ね」
目を細めた安室と数秒見つめ合って、コナンはゆっくりと前を向いた。
ごくりと鳴った喉は自分か、それとも。
ゆっくりと開かれるドア。
少女の声が、聞こえてくる。