狙いと寸分違わず獲物を撃ち抜いたライフル。
タイヤを射抜かれコントロールを失った車は、ぎりぎりで私たちの隣を通り過ぎた。
半分落ちかけの、煙を上げるタンクローリーにぶつかって停車する。

ギギギギ、と、嫌な音。ますます傾いた車体に、目を見開いた。
おいおい、人乗ってんでしょ!

駆け出すより早く、重みに耐えられなかった車が落ちた。
そして、大爆発。



「っ、赤井さん!」



吹き飛ばされてきたのは車体の一部か。
危うく彼に激突するところだったそれを凪ぎ払い、爆風から庇うように前に立つ。



「赤井さん、怪我はない?」

「あぁ、すまない。だが、セレナ」

「話は後で、ね」



言葉を交わす間にも、熱を孕んだ風が容赦なく私たちに吹き付ける。

私がこうして赤井さんを背に庇うことを、彼が快く思っていないのは知ってる。
どうってことないのにね。こちとらプロハンターだぜ?

何度も言っているし、こちらの人間とは桁違いの身体能力なんかも見せているのに、こればかりは譲れないらしい。
男の矜持ってやつかね?
よく思われていないとしても、私としては、赤井さんが危ない目に合う方が嫌だ。これはハンターの矜持かな。

私がそばにいるのに、秀一くんに怪我なんてさせるもんですか。

風が弱まってきたところで、少し離れる。
赤井さんはそこにいて、と言いおいて、トラックの落ちた方へと歩み寄った。
下からは未だ、炎が上がっている。

あの運転席の女性は、どうなっただろうか。
彼女があの車から脱出できる時間があったとは思えない。加えて、この爆発だ。普通に考えて、その命も無いものと思うべきだろう。

だが、しかし。

新しく出来たアミューズメントパーク。
派手なカーチェイス。
大爆発。
薄々、感づいてきましたよ、ええ。
━━これ、劇場版ですよね?

あの女の人、重要人物なんでしょう?
名探偵とか出てきちゃうんでしょう?
できたばっかりのあの水族館も近い内に、大爆発とか、しちゃうんでしょう?

ふっと遠い目になってしまった私は悪くない。



「セレナ」



遠ざかるエンジン音と、赤井さんからの呼びかけで、意識を戻した。
私が橋の下を覗き込んで黄昏ていた間に、赤井さんは安室さんと接触したらしい。



「引き上げる?」

「あぁ。彼も行った」



行こうか、と踵を返し歩き出すので、後に続く。
車まで来たところで、動きが止まった。着信のようだ。

赤井さんがドアを開けてくれたので、大人しく助手席に座る。
少しの間電話をした後、赤井さんが運転席に乗り込んだ。流れるように走り出すマスタング。



「いいの?」

「後は上司に任せたよ」



ジェイムズさんか。
やっぱりこう、権力とかでえいっとやるんだろうな。おまわりさんこわーい。

心の中だけで茶化して、チラリと隣を見る。
前を見る眼差しは真剣そのもの。
あの彼女が何者なのかは知らないけど……こりゃあ、相当な事件みたいですね。
さすが劇場版スケール。組織の人、とかかな?
そこまで思い至って、ピンときた。



「赤井さん、さっきの人、知ってるんでしょう」



我ながら確信に満ちた問いかけだった。

組織でコードネームまで与えられていた男だもの。重要人物の顔くらい知ってるんでしょう。
じっと横顔を見つめると、しばらく間をおいて、その口元に苦笑が浮かぶ。



「鋭いな」



ほらねー。やはり組織関係だった。
ぽつりと続けられたのは、キュラソーという、彼女のコードネーム。
なんでも、組織のナンバーツーの腹心だとか。

そんな人物の登場だなんて、そりゃあ大爆発も必須な大事件の予感しかない。



「明日、水族館行くの……やめとく?」



我ながらしょんぼりした声音になってしまって驚いた。思っていたより楽しみにしていたらしい。

ちょうど信号で停まったところだったので、赤井さんが視線をこちらに寄越した。
じっと見つめられた後、柔らかに笑われる。



「行くさ」

「……ん」



なんとなく、我が儘を言ったようで気恥ずかしい。

いやだってさ、多分、明日を逃せばもうあの水族館ないと思うのよ。
名探偵より早く行かないといけないと思うのよ。
ひょっとしたら向こうではち合わせるかもしれないけどさ、少しでも遊びたいじゃんか。
……た、たまには、レジャースポットでデートしてみたくたっていいじゃんか!?

居たたまれなくなって視線を逸らした私を余所に、車は軽快に夜の街に溶け込んだ。



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