仕事だ、と呟いて走り出した赤井さんのマスタングは、驚いたらいいのか呆れたらいいのか分からないスピードで夜の街を疾走する。
スピードメーターが振り切れるんじゃないかと心配になって、そこから視線を外した。
テクニックすごいネ。
あの時、目の前を走り抜けた黒いクラシックカーを追っているらしい。
その間に、同じようなスピードの車がもう一台。白のRX-7って……バーボンさんじゃん?
自動車道の入り口を吹っ飛ばして侵入した黒い車。白、赤と続けて走り抜けた時には、思わず「ちょっと……」と非難めいた声が零れてしまった。
「後で処理するさ」
「それ、もみ消すって言うんじゃないの……」
ジェイムズさんとかがこう、えいってするんでしょう。
権力とかをこう、えいっ!って。
半目で見つめれば、赤井さんの口端がニヤリと上がる。
「そうとも言う」
「おまわりさん、この人でーす」
「残念、俺がおまわりさんだ」
「おまわりさんがこの人でーす……」
「それと、前の彼も、な」
あぁ、やっぱり、前を走る白の車はバーボン━━安室さんなのね。
おまわりさんが揃いも揃って、と遠い目になる。
こんな軽口に応じているので余裕なのかと思うが、隣の赤井さんの目は真っ直ぐ射抜くように前方を見つめている。
どんな動きも見逃すまいとしているんだろう。
追いかけっこの先頭を行く黒の車は、危険運転を繰り返している。
トラック、乗用車……巻き込まれた車たちを次々と追い抜いて、マスタングは走り抜いた。
「赤井さん、これ、早くなんとかしないと死人が出るよ」
「分かってる」
言った瞬間だった。
黒の車によってトラックへと衝突させられた乗用車が、衝撃で高く跳ね上がったのだ。
落下が予想される地点には、白のRX-7。
ぶつかるぞ?!
舌打ちしてシートベルトに手をかける直前で、安室さんが動いた。咄嗟に回避する。
叩きつけられた乗用車は、黒煙を上げてはいるが、爆発はしなかった。だが、時間の問題か。
チラリと後方を見た赤井さんが、ゆっくりとブレーキを踏む。
速度を落とした此方をあざ笑うかのように、黒、そして白の車が遠ざかっていった。
「……いいの?」
「戻ってくるさ」
その言葉に、先ほどのラジオの続きが蘇る。
確か、この先は━━渋滞。
車間を縫うように軽快に飛ばしていたあの黒い車も、物理的に埋まった隙間は走れないだろう。
となれば、この海の上を走る道では、残る選択肢は一つしかない。
なるほどねぇ、相変わらずよく回る頭だ。
車を止め、二人で外に出る。
煙の混じった夜の風が、生温く頬を撫でた。
トランクを開けて何やら日本で見てはいけないような物をセットし始めた赤井さん。見ないようにして、後方に視線を向ける。ワタシ、何モ、見テナイ!
ひしゃげた乗用車と、その身が半分、橋から落ち掛けているタンクローリー。
人が死んでいないのが奇跡のような惨状だ。何で誰も死んでないんだコレで。
ふと、耳が捕らえたエンジン音に振り返る。
「ほんとに戻ってきたよ」
「言っただろう?」
近づいてくる車。運転席に座るのは女性だった。
スピードを落とさない車は、そのまま此方に突っ込んでくるつもりらしい。轢き殺す気かな?
……いい度胸だ。
一歩踏み出した時、赤井さんのライフルが火を噴いた。