街中で彼女を見かけたのは偶然だった。

彼女がポアロに寄るのは学校帰りのようなので、いつも見る姿は制服。私服の彼女を見るのは初めてだ。
ダークグレーのシャツに黒の七分丈パンツ。女子高生にしては随分とシンプルで、色味がない。

彼女には、気になる点が多い。追いかけたのは当然のことだった。
気付かれぬよう、距離をとって歩く。



「泥棒ーっ!」



不意に聞こえた女性の悲鳴に、思わず尾行対象から目を離す。
道にへたり込んだ女性が、鞄を盗られたと騒いでいた。スリか……こんな大通りで。
そこまで思って、はっと視線を戻す。しかし、すでに彼女の姿は無かった。
くそ……っ、見失った!

仕方ない。頭を切り替えて、スリにあった女性の元へ歩み寄る。



「大丈夫ですか? お怪我は?」

「え、えぇ、大丈夫です……」



あまり目立つつもりはないが、これくらいの人助けはしない方が不自然だろう。
犯人はと尋ねれば、あちらに逃げたと路地裏を指で示す。特徴を聞けば、最近耳にする常習犯と一致した。これは逃がしてはおけないな。
集まってきた野次馬に紛れ、そっと女性の側を離れた。

小走りで、しかし慎重に路地裏を進む。すると、そこには思いがけない人物が佇んでいた。

なぜ、彼女がここに━━!?



「ごめんね、仕事中に」



誰かと電話をしている彼女の足下には、恐らくスリの犯人だろう男が転がっている。
まさか、彼女が? にわかには信じられないが、今この場にいる人物は彼女だけ……これでは信じるほかにない。



「ひったくりを捕まえたんだけどさ」



彼女の声が聞こえてくる。
やはりあの男を倒したのは彼女のようだ。
人は見た目で判断してはいけないというが、しかし……現場を見ていないから何とも言えないが、目の前で電話をする彼女は、とてもじゃないが成人男性を昏倒させる力の持ち主には見えない。

空手でもしているのだろうか?
━━蘭さんのように。



「助かるよ……うん、そう。警察は面倒だから、ね」



はっと耳を澄ませた。
電話の相手はわからない。ただ、警察と関わることを拒むような発言を、咎めてはいないようだ。

そこへ聞こえたサイレン音。
通話を終わらせた彼女が歩き出す。周囲に人の気配はない。ならば、このまま行かせてなるものかと、彼女の前へ姿を現した。



「貴女は……!」



何者なんですか。言葉にならなかった疑問は空に溶ける。

不意をつくつもりで飛び出たというのに、彼女は驚いた素振りもなく、ただ静かに此方を見る。
気付いていたというのか?!



「何故ここに、」



問い詰めようと開いた口を、手で制される。
思わず口を閉じれば、立てられた白く細い人指し指が、唇に触れた。



「Shhhh.......」



内緒話をするように、空気を伴った音が彼女の唇から漏れる。
その発音と、ニコリと笑ったその顔が、よく知る女と重なった。

━━ベルモット……!?

まさか、この目の前の少女は、あの女の息の掛かった存在だとでもいうのか……?!

サイレン音が、一層近くで聞こえた。
目を細めて此方を見ていた彼女が、スッと視線を外す。サイレンの聞こえる方をチラリと見て、すぐに視線を流して寄越した。

逃げなさい、と、目で言われた。

此方が動かないことに満足したかのように、彼女は踵を返す。
歩き出すその足取りは、この場には場違いなほど軽やかだった。

なんということだ。


「やはり……!」



やはり彼女は━━組織の、一員なのか……!



*後日
「何か最近、安室さんによく『セレナさんはどうしてますか?』って聞かれるんだけど……」
「え……」
「えー、何で蘭に聞くわけー?」
「さあ? 家がポアロの上だし、よく顔見るからじゃない?」
「で、で? セレナ、安室さんと何かあったの?」
「え、ええー? 何もないけどなぁ……(あの時のことまだ怪しんでるの!?)」



戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -