ゆっくり楽しむ暇もなかった、というのが正直なところか。
「動き出しましたね」
「思ったより早かったかな?」
館内に入ってしばらく、突如響いた館内放送によって、100人のお客は退館を余儀なくされた。
一時間も経っていないが、暴動などは起きていない。今日の入場者には予め、何かあったら退館誘導があると伝えられていたのだろう。
初日だもんね。何が起こるか分からないし、関係者とかしかいないのかも?
その辺りもさすが鈴木財閥、というべきかな。
「さて、どうにかやり過ごそう」
隣の沖矢さんが瞳を薄く開け、鋭く周囲に目を走らせる。
スタッフに見つかれば、このまま退館させられてしまう。どこか見つからないところに身を潜めるため、隠れられそうなところを探しているのだろう。
私はそんな彼の袖を引っ張って、移動━━しようとして、手を止めた。
目ざとく気付いた沖矢さんが、私をのぞき込む。
「セレナ?」
「……ほんとに、残る?」
何度も話し合った。
犯人が動き出した場合、館内に残るのは危険だと。
寺井さんが例のパソコンから盗み取ったデータには、この美術館諸共、向日葵を亡き者にする計画が読みとれた。
出来れば実行前に阻止したいところだが、どこまで先回りできるかも怪しいところ。
絶対の安全なんて、ない。
私としては正直、私とヒソカに任せて避難してほしいんだけど……。
引き下がる人じゃないんだよねぇ。
「俺が、お前たちを残して出るとでも?」
デスヨネー。
翡翠の瞳が私を射抜く。
諦めの溜め息を吐いて、改めて沖矢さんの袖を引っ張った。
向かうは警備室だ。
「どこへ?」
「警備室。下手に隠れるよりいいかなって」
「ほー……なるほど」
キッドキラーとしてカウントされているのなら、こういう非常事態に、本部に顔を出してもいいのよね?
歩き出したところでスマホが震える。
「ヒソカ?」
『ハッチが閉まったよ。閉じこめられちゃったね』
「あんたどこにいんの」
『見つからないトコ』
見えないはずのハートマークが見える声音に、なんだか頭が痛い。
何をウキウキしてるんだこの子は……!
「私たち、今から警備室行くから」
『わかってるよ』
「確か、侍たちには緊急時の決まりとやらがあるはずだ。それぞれ持ち場へ動くだろうから、見つかるなよ」
横から入り込んだ沖矢さん(の声だけど赤井さん)に、ヒソカは楽しそうに喉を鳴らす。
『はーい、パパ』
「パ、……パ?」
絶句した沖矢さんを余所に、通話は切れた。
何とんでもない事案残していってくれてんだあいつは……!
見ろ! 混乱しすぎてFBIが固まってるでしょうが!
「沖矢さん、行くよ」
「……パパ、か……」
こらこら。真顔でパパとか呟かないで怖いから。
見た目が沖矢さんだからまだマシだけど、これ赤井さんだったらホラーだからね!?
未だぶつぶつ呟く沖矢さんを引っ張って、なんとか警備室へとたどり着いた。
「セレナちゃん?! 沖矢さんも!」
「何かあったのかと思いまして」
復活した沖矢さんがスラリと言葉を紡ぐ。
その変わり身の早さに、思わず呆れた視線を送ってしまった。
鈴木相談役や中森警部がこちらを一瞥するが、特に何も言ってこない。
あぁ来たのか、みたいな、そんな反応だ。
どうやら私たちは無事、キッドキラーにカウントされているようですね。
……いいのかそれで……!
思わず内心で頭を抱えたとき、館内の電源が落ちた。