通信を切った男は、鼻歌を口ずさみながら何やら機械を弄っている。
自分の思惑通りだと思って浮かれているようだ。赤井さんの焦った顔、怒った顔が見れて嬉しいんだろうな。
何だよコイツ赤井さん大好きか。絶望した顔が見たいとか何なの、大ファンなの?



「なん、で」



こんなこと、と小さく声を出す。
気付いた男がニヤニヤと私を見下ろした。



「悪いなぁお嬢さん。あんたに恨みはないが、あの赤井と付き合ってるのが悪いんだ」



付き合ってねーよ、の言葉をぐっと飲み込んで、沈黙。
恐怖で言葉も出ないと受け取ったのか、男は気持ちの悪い猫撫で声で続けた。



「あの男が大人しく言うことを聞けば、お前さんを殺しはしねェさ……ちょぉっとキモチイイことは、シてもらうかもしれねぇがな」



下卑た笑いが反響する。

聞いていたくないなぁ、こんな野郎の声。



「あかい、さん、は……」



助けを乞うように聞こえたのか、男はニヤニヤと自慢気に続ける。
たどり着けたら俺がこの手で殺してやるのさ、と。
だから助けを期待するなと、そう言いたかったのかもしれない。

私は違うところが気になったけどね。



「あなた、が……?」

「あぁ! 前回は囲まれたからしくじったが、一対一ならFBIなどに遅れをとるはずがない!」



たどり着けないだろうがな、と吐き捨てるように高笑い。
ふぅん、一対一、ね。



「それが聞けて安心した」

「なに?」



男が振り返ったが、私の姿は捉えられなかっただろう。
さっきまでそこに転がっていた女がいない。その驚きに目を見開いたまま、男の意識は途切れたはずだ。
背後から手刀を一つ。大丈夫、殺してない。たぶん。

この男、一人だと言った。
なら、ここでこいつを潰しても、その後に響くことはない。監視や、付きまとわれるのもなくなるはず。
仲間がいると面倒だからね、ちょっと確認してみたんだ。

男があれこれ用意していたのだろう荷物の中からロープを拝借。とりあえずぐるぐる巻きにして捕まえておいた。

さーて、これで拉致された少女もお役御免かな。
あとは赤井さんに連絡して、コイツを引き渡して……



「なに、これ」



思わず疑問を声に出した。

男は通信を切ったが、向こうの、赤井さんの姿は見えるようにしていたらしい。
モニターに映るのは、どこかの部屋にいる赤井さん。閉じこめられているのだろう。
この廃墟感……同じビル、か?

問題はそこじゃない。
問題は、彼が━━炎に包まれていることだ!



「こっのクソ野郎……!」



苛立ちに任せて、床に伸びる男を踏みつける。
手加減はしてますよ、しなかったら死ぬ。

部屋に閉じこめ、火を放ったのか。
扉付近が黒く破壊されているから、爆発物でも仕掛けたのかもしれない。同時に逃げ場も塞げるというわけだ。
だから、たどり着けない、だったのか。

━━ふざけんなよ?



「赤井さん」



カチ、と通信のスイッチを入れた。
モニターに映る彼が反応する。



『セレナ、か……?』



訝しげに呟く彼には、こちらの映像は見えていないようだ。
通信を入れたら映像もいくのかと思ったが、何かスイッチが違うのかもしれない。

考える間に、咳込んだ赤井さんがずる、と壁を背に沈んだ。
やばい、空気が薄くなってる!



「赤井さん聞いて! あの男は捕まえた!」

『……セレナ……無事で、よかっ、』



ノイズと共に音声が途切れる。



「赤井さん! 聞こえる?! 赤井さん!」



呼び掛けるも、モニターの中の赤井さんは反応しない。
ずるずると俯いた彼の表情は窺えず、口許が見えるだけだ。その口がゆっくり、動く。
音は聞こえない。でも、唇くらい、読める。

━━せめ……だけ、も、ぶ、じ……、のむ……

━━せめてセレナだけでも無事で、頼む



「っ、あのねぇ! 私が、あんたを見捨てる訳ないでしょ!」



煙が、下から上がってくる。
ピンときた。赤井さん、真下にいる!

そこで私はもう一度、足下に転がる男を踏みつけた。
なんなのこいつ、ホントにばかなの?!
自分の真下を火事にして、自分は助かる気でいたの?!
それとも赤井さんと心中する気だったの?!
赤井さんのこと大好きかよ! 死ぬなら一人で死ね!

こんなこと考えてる場合じゃないな。

今からこの部屋を出て、下の階に降り、赤井さんのいる部屋を探して突入する……よりもっと早い方法が、あるよね。

スゥ、と息を吸い込んで、一拍。
振り上げた拳を、勢いそのままに床に叩き込んだ。

コンクリートの床くらい、開けられますよ!



「赤井さん!」



降り注ぐコンクリート片の中、私の視界が赤井さんの姿を捉えたのは一瞬。
一瞬あれば十分だ。

崩れた壁を足場に駆け寄り、その身体を抱える。全身で庇った。なぜって?
爆発するからですよ!
密閉された空間に急激に酸素が入り起こるバックドラフト。

大 爆 発 !

破壊されたビルから飛び出た私は、赤井さんに負担がかからないようにという一点に気をつけて、なんとか地上へと足を降ろした。



「ひー……やっちまった……」



派手な音を立て倒壊するビル。予想通り廃ビルだった。
どうやら周囲も廃ビルの集まりらしく、人の気配はない。まあ、こんだけ派手ならそのうち誰かしら集まってくるでしょうけど。

そう思ったところで、抱えた赤井さんがぴくりと動いた。



「赤井さん、大丈夫?」



そっと下ろしてのぞき込むと、閉じられた瞼がピクリと震える。
ゆっくり開かれた翡翠の瞳が、ぼんやりと私を見た。



「……セレナ……」

「ん、セレナですよ、っと」



力ない腕で引き寄せられ、抱きしめられた。
震えてる。
あー……怖がらせた、かな。ごめん。
そんな意味を込めて、ぽんぽん、と背中を撫でた。



「……説教は、あとで、な」

「えっ私怒られるの?」



心底びっくりして顔を上げれば、噛みつかれるようにキスをされた。
なぜだ。



「夫婦仲がいいのは良いことだけど、長居は無用だと思うよ」



背後からかけられた声にバッと振り向けば、そこにはぐるぐる巻きの男を担いだヒソカの姿。
お、おぉ、そいつのこと忘れてた……。
ビルが倒壊する前に、連れ出してきたらしい。



「シューイチも怪我してるし、早く帰ろう」



ボクこれどっかに捨ててくるから、と。
いや待て、捨てちゃだめでしょ、と思ったら、にっこりと凄みのある笑顔。



「セレナ、ドア」



任意の場所に空間をつなぐ私の念能力、超次元扉ワールドドア
開けろってことですね。

ひしひし感じる迫力に何となく抵抗できず、素直に念能力を発動。

赤井さんとヒソカ、両側から感じる圧力がひどい。
これ帰ったら説教ってマジだな……。



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