「お待たせいたしました、わさび味噌せいろでございます」
「あ、はい」
ごゆっくりどうぞ、の言葉を残し、静かに襖が閉められる。
小さな個室だが、二人で食事をするには十分だ。目の前のテーブルには、美味しそうなお蕎麦が二人前。
「赤井さんって、こーゆーとこ来るんだ」
「いい店だろう?」
「うん」
いただきます、と手を合わせ、割り箸をパキッと割った。
お蕎麦を一口。ん、美味しい。
休日、リビングでテレビを見ていたら掛けられた「飯でも行かないか」とのお誘い。
断る理由もないので、そのままついてきたが、まさかお蕎麦屋さんとは思わなかったな。
中心市街地から少し離れたこの店は、佇まいは小さな店だが、店内も店員さんも温かみがあって好印象だ。お蕎麦も美味しいし、文句ない。
「赤井さん、お蕎麦好きだったんだ?」
「ん? まあ、そうだな」
なんだかんだ一緒にいることが多い最近だが、まだまだ知らないことも多い。
この人が特に好き嫌いなく何でも食べるのは知ってるけど、蕎麦が好きとは知らなかったなぁ。
「この間、言っていただろう?」
「え?」
「美味しい蕎麦が食べたい」
そうだっけ?と思い返す。
そういえばこの間、テレビでグルメロケをやっていて、美味しそうなお蕎麦屋さんに行っていたな。
あのときは確か、ヒソカと━━赤井さんもいたわ、そういえば。
あー、うん。言ったかな。「いーなー蕎麦。美味しいの食べたいわぁ……」とか何とか、言った気がする。
え、だから連れてきてくれたの?
ええー、それは、なんというか、
「……ありがとう」
「どういたしまして」
ふ、と笑った赤井さんは、満足そうに蕎麦を食べ始めた。
なんだか、甘やかされているようでくすぐったい。
しばらくお互いに食事を満喫していると、ふと赤井さんが顔を上げ、こちらをじっと見つめてきた。
箸を持ったまま、ぱちりと見返す。
「なに?」
「いや、すごく今更な疑問なんだが……お前たち、生活はどうしてるんだ」
「……生活?」
はい?と首を傾げる。
何を聞かれているのか、よくわからない。
私の困った顔に気づいたのか、赤井さんが箸を置いた。
「生活、というか、生活費か。ヒソカが働いているようには見えなくてな」
「あぁ、そういうことね」
私は女子高生で、ヒソカは主夫(仮)。
あいつが昼間に何をやってるか詳しくは知らないが、働いてはいないだろう。
家に、食費に、その他もろもろ、生活するには経費がかかる。
「いやー……えーと、ね」
「……まさか」
「えっ、違うよ? 変なこととかしてないからね?」
くっと眉間に皺が寄ったので、慌てて弁明する。
別にやましいお金なわけじゃないんだけど、説明するのが難しいんだ。
「私もヒソカも、向こうではそれなりに稼ぎがあったのね」
「ほう?」
「資格職、っていうか……そういうのでさ」
私もヒソカもハンターだ。
天空闘技場のファイトマネーだったり、何でも屋さん的なお仕事だったり、収入源は多々あった。
赤井さんには到底言えないようなことも、まあ、やってきてますし?
およそ一般人とは程遠い貯蓄があるんですよ。
「だが、それは向こうの世界の話だろう?」
「それがねぇ、何故かこっちでも引き出せるんだよねぇ」
鞄を引き寄せ、財布を取り出す。一枚のカードを赤井さんに見せた。
銀行のキャッシュカードだ。
もちろん向こうの銀行のものなのだが、なんと、こっちでも引き出すことができるんです。勝手にジェニーから円に変わってるんです。
さすが、“出先どこででも引き出せる“が売りの銀行だ。異世界でも引き出せるんだからね!
こちらに来て初日、まさかね、と思って試してみたら普通に使えた時の私の感想を述べよ。
私の説明に納得したらしい赤井さんは、再び箸を手にとった。
「でも、急にどうしたの?」
「……食費くらいは、入れるべきかと」
確かに大体うちで食事をしていくが、そんなの今更じゃない?
はっきり顔に出してやると、赤井さんが苦笑する。
「だから、今更だが、と言っただろう」
「食費とかそういうの気にしてもらわなくて全然構わないけど、気になるの遅いと思う」
「すまん」
赤井さんや快斗くらい、養えるんですよねー。
ヒソカはヒソカで収入あるし、正直お金には困っていない。ありがたいことです。今度あの銀行に投資でもしよう。
「代わりといっては何だが、こうして、たまに食事に誘ってもいいか?」
「別にいいけど……ほんと気にしなくていいよ?」
「たまには、セレナと二人でデートもしたいからな」
真顔で何言ってんだこのFBI。
「顔が赤いぞ」
「気のせいです。ごちそうさまでした!」
盛大に顔を背けながら言えば、珍しく破顔一笑した赤井さんが見えた。
くそ、なんだそのレアな表情は!