『無理なら取り引きしないよ♪』
最後の一行に、私はこっそり頭を抱えた。
隣では沖矢さんが溜め息を吐いている。
煙幕が晴れた室内で、私たちはキッドの残したメッセージを囲んでいた。
向日葵を100億円と交換する。
二時間後、東都プラザホテル1412号室。
金はすべて旧券で、ベッドの上に並べておくこと。
そして冒頭の一行だ。
書かなくてはならないことは書いてある、だが、表現に問題ありだろ……!
キッドの紳士キャラどこ行ったよ!?
総力を挙げて突っ込みたいが、この室内の空気でそれはできない。
っていうか、何でみんな食い付かないのかね。
「ヒソカに任せたのは、まずかったか……?」
沖矢さんが小さな声で呟く。
私はといえば、遠い目で頷くしかなかった。今回のキッドカード、ヒソカ作です。
私たちがこそこそと後悔する中、話は着々と進んだ。
100億は鈴木相談役が出すらしい。
このじいさんホント金持ちだな……!
こうなることを予想してはいたが、目の前でこうもあっさりと大金が動くことに、静かに目を見張った。
鈴木財閥どんだけだよ。園子ちゃんってほんと、すごいとこのお嬢様なんだな……と、しみじみ感じる。
「我々も急いで移動しましょう!」
どうやら場所をホテルに移し、金をセットする準備に入るようだ。
二時間なんてすぐだしね。
用事があるというチャーリー警部だけが別行動となり、一行は急いで美術館を後にした。
「ところで、セレナさん」
「何ですか」
「お暇するなら今だったんじゃないですか?」
はっ、となった。
そうだよ! なんでこのタイミングで抜けなかった私たち! いや私!
沖矢さんは着いていってもらっても全然問題ないけど、私ただの女子高生だからね!
なんでホテルまで着いてきてんのかな、と嘆いても、今更どんな理由をつけて抜ければいいのかわからない。
既にホテルだし。
重い溜め息を吐き出したとき、ポケットのスマホが震えた。電話だ。
ちらりと周囲を見るも、向日葵ご一行様は全くもってこちらに関心がないご様子。
有り難いやら何やら、こっそり物陰に移動し、電話に出た。
「なに?」
『あの警部さん、気をつけた方がいいかもね』
どの警部だ、と思ったが、この場にいない電話の相手が指すのだから、この場にいない警部だろう。
一人離脱しているチャーリー警部だ。
『面倒なオモチャを手に入れるみたいだ』
「そう……わかった、頭に置いておくわ。早めに、あの子と合流してあげて」
『了解』
語尾にハートマークがつく声音で、通話が切れた。
ツーツー音を聞きながら、暫く、近くの壁に身を預ける。
面倒な、オモチャ。
恐らく拳銃のことだ。あの刑事は、キッドをテロリストだと思っている。躊躇いなく、撃つのだろう。
「どうした」
そっとやってきた沖矢さんに、背後から抱きしめられる。変声機は切っていないが、口調は赤井さんだ。
壁から沖矢さんに体重を移しながら、ふぅ、と息を吐いた。
「セレナ?」
「……うん、大丈夫。守ってみせるから!」
本当にどうした?という困惑した声を聞きながら、私は小さく笑みを浮かべた。