隣に立った男に、ちらりと視線を向ける。
こわー。目つきこわー!
私の脳裏に原作が蘇る。そういえばライだったねこの人!
「あの、何か?」
言って見上げると、その男……ライ、つまり赤井秀一は、鋭い目をさらに鋭くさせた。
そのまま、向かいの席に腰をかける。
おおおい、いつ相席する流れに?
「不躾ですまないが、今の電話の相手を教えてもらいたい」
すまない、なんて微塵も思っていないだろう眼力で、私を見つめる赤井秀一。
先ほどの電話を、よく思い返してみると……
ジン。
逃げた、ライ。
裏切り者。
チームで仕事。
私の力を当てにしないで。
ははーん、組織から逃げたコードネーム・ライの包囲網の話に聞こえますね!
私はただ、ペットに逃げられた男の話を聞いていただけなんですがね……!
しかもこの流れだと、ジンに助力を乞われる私、すごいポジションの人間だね!
「電話の相手……友達、ですよ?」
「ほう……」
あ、信じてないな。
うーん、どうしようかな。
流石にココまでロックオン!されてると、何もなく逃げるのは骨が折れるね。
そう思うものの、現状を打開する良い策は思いつかない。
「……貴方の知ってるジンじゃないわ」
ぽつりと呟けば、ピクリと相手の眉が動く。
どういう意味だ、と低く問われた。
「さぁ? どういう意味だと思う?」
「それを聞いている」
「怖いなぁ」
うーん、逃げるか!
街に出てしまえば、次に会う確率は低いだろう。
テーブルの上に置いていたスマホが震える。ヒソカだな。
逃げるタイミングは、今だ。
楽観的にもそう考えた私は、にこりと笑って逃走態勢に入った。
「ごめんなさい、もう行かなきゃ」
「まだ答えを聞いていない。一緒に行かせてもらおうか」
立ち上がり、レジで会計。赤井秀一もついてきた。
ちらりと彼を見ると、わー、すごく怖い顔!
「ありがとうございましたー」という店員の声を背後に、私はドアに手を掛ける。
「次に会ったら、お話しますね」
会えたらね!と、言い捨て、素早く開けたドアに身を踊らせる。
そしてさらに素早く閉めた。
その一瞬で空間は分離する。
ドアさえあれば、ある程度の任意の場所へ自由に行き来できる、私の能力。これなんてどこでもドア!
今頃、赤井秀一はカフェのドアを開けて目をむいているだろう。私の姿が、まるで消えたかのようになくなってるからね。まぁ比喩でもなんでもなく、その場から消えたんだけどさ。
さー、これでもう会わないでしょう。
気を取り直した私は、ヒソカへと電話をかけた。
ということが前日にありまして。
翌日、ピーンポーン。
「セレナ、お客さんだよ」
来客の対応に出たヒソカが、玄関から私を呼ぶ。
私に、客?
ハンター世界ならまだしも、ここで私を訪ねる知り合いなんてほぼいないはず。
首を捻りながら玄関に向かうと、そこに立つ見覚えのある姿。
…見覚えもなにも、昨日見たね!
「また、会ったな」
そう言ってふっと口の端だけで笑ってみせたのは、赤井秀一だった。
えええー、なんでー?!
思いっきり顔に出たらしく、彼はその手に持っていた物をコチラに見えるように掲げてみせた。
生徒手帳だ。
誰の?
……私のか!
ば、バカか私は! 落としたのか?! なぜそんな間抜けな真似を……!
そりゃそんだけ情報与えたら自宅特定されるわ!バカ!昨日の私バカ!
「……上がってって」
暫く見つめ合った後、折れたのは私だ。
仕方ない、次会ったら話すって言ったしね。
殊の外素直に上がってきたFBIとの出会いは、こんな感じだった。
「セレナ、間抜けー!」
「うるさい!」
「格好つかないねぇ……いくらコッチだからって、気を抜きすぎなんじゃないのかい?」
「わかってるよ……猛烈に反省してるから」
快斗にからかわれ、ヒソカに小言を言われ、散々だ。
今だから笑い話にできる、赤井さんとの出会い。私はただ昔馴染みと電話していただけだが、赤井さんからしたらものすごい怖い電話だっただろうな。
偶然が重なった結果ですね。
「赤井さんは何でその後、ここに通うようになったの? セレナの監視?」
「え、そーなの?」
そういえば、組織の人間ではないと理解してもらえたのなら、赤井さんがうちに来る理由はなくなったはずだ。
それなのに、このFBIはふらりとやってくる。むしろ大体うちのリビングにいる。
「セレナに会いに、じゃないのかい?」
「今はそうだが。最初は、まぁ、ヒソカの飯が美味かったからだな」
おいこいつサラッと何言ってんだ、と思ったら、その後の発言に呆れた顔しかできなくなった。
飯が美味かったから、って。完全に餌付けじゃないですか。
まぁね、確かにヒソカのご飯は美味しいけどね。こっちきてますます立派な主夫になったし。料理の腕も、元々上手かったけど、さらにめきめきと上げてるからね。
「ボク? 照れるなぁ」
嬉しそうに笑うな! お前ほんとにヒソカか!
……はー、平和平和。