アルカナの娘 | ナノ




(相澤視点)

モニターに映る各演習会場の中で、早々に異変を映し出したのはD会場。
唐突な始まりの合図に、一斉に駆けだした受験生たちは、次の瞬間にはその場に崩れ落ちた。
思わず腰を浮かしかけた俺たちの見つめる先には、一人の女子生徒の背中が映っている。

なんだ、こいつは。



「マイク、何があった?」



一人、離れた場所で司会を勤める同僚に通信を繋ぐ。
あいつの目の前にも、各会場を映したモニターがあるはずだ。



『……分からねー。何かした様子もなかったぜ』



いつもの軽口を控えた声は、どこか重い響きをもって室内に浸透する。
倒れた受験生たちは、ぴくりとも動かない。



「ねえ、まさか……」



隣で見上げていたミッドナイトさんが上擦った声で呟く。
これは入試。受験生に紛れた敵による大量虐殺━━なんて、冗談じゃない。

幾多の視線を集めているなど知らぬだろうモニターの彼女は、ゆっくりと動き出す。
どうすべきか。

固唾を呑んで教師陣が見守る中、彼女は予想外の行動に出た。
一人ずつ、受験生を演習会場の外に運んでいる。気を失っているだけのようだ。



「何を、してるんでしょうか……」

「わからないわ。でも、これって妨害行為じゃない? 失格よね」



確かに、そうだ。
武器の持ち込みなど、自由度の高い実技試験だが、妨害行為は禁止している。
どのような個性かは分からないが、他の受験生を行動不能にした上、受験会場から外に運ぶなど、妨害以外の何物でもない。



「見て!」



やがて最後の一人を運び終えた少女は、一人で会場内へと戻る。
そうして徐に片手を地面へと付けると、演習会場は一変した。
街が、崩れ落ちた。

おい、嘘だろ……?!



「あぁ、だから他の子を出したのかねぇ」



得心がいった、というような声に、室内の視線が集まる。
リカバリーガール。



「どういった個性かは分からないけど、あの子には街がこうなることが分かっていたんだろう。巻き込まないように、他の子を連れ出したんじゃないかい」

「まさか……」

「じゃなきゃ、今頃みんな瓦礫の下敷きさね」



言われて、今や瓦礫の山となった演習会場を見やる。
あのまま受験生たちがあそこにいれば、今頃は崩れたビルの下敷きになっていただろう。そうなっていれば、軽く考えても重傷は免れない。
最悪、死ぬ。



「しかし、他の受験生の意識を奪いました。立派な妨害行為です」

「あの子には、何かしたつもりはなかったかもしれないね!」



ぴょん、と椅子から降りた校長が、モニターへと歩み寄る。
小さな背でじっと見上げて、くるりと向き直った。



「見たことあるよ、こういうの!」

「ええ?」

「やるぞーって意気込んだら、ぶわっと気が広がっちゃって、耐性のない子たちが倒れちゃったんだって言ってたね! 30年くらい前かな!」



30年、前。
水を打ったように静まる室内の雰囲気を感じ取っているのかいないのか、校長は懐かしいなぁと高らかな声を上げる。

一人の受験者を除いて、実技試験をやり直した年がある。都市伝説に近い話だ。
その一人があまりにもレベルが違いすぎて、その他の受験者たちは1ポイントすら取得できなかった、などと、まことしやかに囁かれた噂。

とあるヒーローの、学生時代の逸話の一つ。



『まだ時間はあるんだが……Dの女子リスナーはどうする?』

「いいよいいよ、そのまま続けちゃって」



軽く答えた校長は、「あの子何ポイント?」と近くにいたミッドナイトさんに尋ねた。
D会場に初期設定した仮想敵は全部で40体、合計70ポイント。時間の経過とともに、徐々に放出する準備をしていたが、ああも一瞬で崩壊させられたため、控え軍は日の目を見ることがなかった。

70ポイント。



「━━いいんですね?」



他会場と比べても、文句なく合格のラインだ。



「いいよ!」



軽い返事に、溜め息が一つ、二つ三つ。
今年の一年生は荒れそうだな。


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