アルカナの娘 | ナノ




「真咲ちゃぁああんっ!」 


翌朝登校すると、教室のドアをくぐった途端、麗日さんに捕まった。
いや、突撃された、が正しいかな。がっしりとハグされた衝撃に耐えられて良かった。咄嗟に踏ん張らなければ、彼女諸共倒れ込むところだった……危ない危ない。



「聞いたよっ。敵の個性に当たって入院してたんだって?!」

「大変だったねぇ」

「もう大丈夫なの?」



くわっと目を見開いて詰め寄る麗日さんの横から、葉隠さん、梅雨ちゃんが顔を出す。葉隠さんの顔は、個性:透明で見えないけど。
怪我の有無を確認するように全身を弄る麗日さんを宥めて、苦笑を浮かべた。



「念のための検査入院だからね。何ともないよ」

「良かったぁ!」



心底安心した、とばかりに笑ってくれた麗日さんに、胸がほわりと温かくなる。
心配してくれる友達がいるって、いいよね。



「でも、聞いたときはビックリしたわ」



梅雨ちゃんの大きな目に真っ直ぐ見つめられて、思わず背筋を伸ばす。
無茶しちゃダメよ、と続けられて、真剣に頷いた。



「相澤先生にも怒られちゃったし、気をつけるよ」

「先生に会ったの?」

「あー、うん。同じ病院に先生が搬送されたって知って……お見舞いに行ったんだ」



嘘じゃない。
私が検査入院していた病院と、相澤先生が搬送された病院が同じだったのは事実だ。
時間が深夜だったことや、オールマイトが一緒だったこと、リカバリーガールもいたことなんかは……言わなくていいよね。

どうやって先生の入院を知ったか、を突っ込まれると困るので、早々に話題を変えることにした。
もちろん、相澤先生が搬送される原因となった敵襲撃についてである。



「先生に聞いたよ。皆の方が大変だったよね」

「そう! そうなんだよ!」

「敵連合って奴らが突然来てさぁ!」

「すごい経験しちまったぜ」

「待て、一から説明しないと雨宮くんが分かりづらいだろう。まず──」



振ってみたら、あれよあれよと言う間に私はクラスメートたちに囲まれていた。
飯田くんがキビキビと指揮を執っているが、みんな思い思いに話し始めるのでまとまらない。教室内はあっという間に、騒々しいほどに賑やかになった。

ヒーローの卵とはいえ、まだ高校生。
敵の襲撃を乗り越えた、なんて冒険談を伝えようと、あちこちから言葉が飛び出してくる。
多少ヒロイックに誇張されているのも、まあ、可愛いものだ。自分の活躍、先生の活躍、敵の様子など、身振り手振りで伝えてくれる姿は微笑ましい。

でも、



「──浮かれてんじゃねえ!!!」



爆豪くんの一言で、沸き上がっていたクラスはシンと静まりかえった。



「結局俺らじゃ、あの脳無とかいうのに歯が立たなかっただろうが」

「確かにな。オールマイトが来なければ、全滅していたかもしれない」

「っせぇ人の意見に乗ってんじゃねえよこの半分野郎がッ!!!」



自分の発言に同意した轟くんに爆豪くんが噛みついたことで、教室に喧騒が戻っていく。

そう、爆豪くんと轟くんの言うとおり。助かった、すごかったと興奮してばかりではいけないのだ。
ここはヒーローを目指す場所。あそこでオールマイトというヒーローが現れたように、次は私たちが誰かを救う立場になる。その立場になるために、私たちは励まなくてはいけないのだから。

──ヒーローに、なりたいか。
病室で俺を見つめた相澤先生しょーたくんの問いを思い出す。
咄嗟に返事が出来なかった私を責めるでもなく、考えておいてくださいと呟いた彼の真意は何だったのだろう。

あれから一晩、答えはまだ、出ない。



「……そういえば、あの人は誰だったんだろう」



ぽつりと呟いたのは緑谷くんだ。
「あの人?」と聞き返した麗日さんに向き直り、話し始める。



「ほら、オールマイトの後ろから来た……」

「ああ、相澤先生を助けた人!」

「そういや峰田たち、あの人と近くで話してたよな」



おっと話の矛先が怪しいぞ!
思わずぴくりと反応してしまった私に気付かず、緑谷くん、峰田くん、梅雨ちゃんが話の中心となる。



「あいつの殺気、めっちゃ怖くてよぉ……最初はおいらたちも殺されちまうかと思ったぜ……」

「でも、優しい雰囲気の人だったわ。ね?」

「うん。僕たちの敵ではないって言ってたよね」



状況を思い出しつつ語る三人に、教室中の関心が向けられる。
最も気にされたのは、当然といえば当然ながらその正体について。
オールマイトの知り合いでは、救援要請を受けたヒーローかも……そんな憶測が飛び交う中、疑問を口にしたのは耳郎さんだった。



「名前とか聞かなかったの?」

「それが、教えて貰えなくて……あ、でも!」



ンンンンその先は止めようか!?
脳内でトシのようなリアクションを取りながら、飛び出して緑谷くんの口を塞ぎたい衝動に必死に耐える私。
そんな私の我慢を余所に、非情にも、考えなしの黒歴史は舞い戻ってきた。



亡霊ファントムって呼んでくれ、って」

「亡霊……!」



ざわつく教室内で頭を抱えてうずくまらなかった私を誰か褒めてほしい。



「亡霊、かぁ……」

「どしたん、デクくん」

「いや、もしかしてって思ったんだけど……そんなことあり得ないし……でもそれにしてはオールマイトとの関係っていうか、距離感が気になるところではあるんだよね。救助のタイミングが一緒だったことを思うと直前まで一緒にいたのかもしれない。オールマイトとそこまで親密なヒーローって限られる気がする上に、亡霊ってつまりそういうことを示唆しているとも言えるわけで、そもそも名乗れない訳で考えられることといえば」

「ダメだブツブツモード入っちゃった」

「……っあ! ご、ごめんっ!」



忘れ去ってくれ、頼むから。
最早芸と化した緑谷くんの呟きを耳にしながら懇願した。

だって、こんなの、トシやしょーたくんにバレたら絶対に呆れられる。何やってんですかって言われる。
お願いだから相澤先生に「あの時助けにきた“亡霊”を知ってますか」とか聞かないでほしい。しょーたくんに冷たい目で見られたら凹んじゃう……!

何か皆の注意を逸らす別の話題を……と脳内をフル回転させる私の耳に飛び込んできたのは、ホームルームの始まりを告げるチャイムと、ドアを開ける音だった。


戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -