アルカナの娘 | ナノ




夜更かししたせいか、はたまた慣れないことに心身が疲れ切っていたのか、私の意識が覚醒したのは母が迎えに来たときだった。いつの間に寝落ちたんだ……。
人の気配には敏感──なはずなのだが、どうも家族は対象外みたいで、実はちょくちょく起こされることがある。今回みたいに。



「よく眠れた?」

「うーん、微妙」



さっきまで爆睡していた奴の台詞じゃないのは明らかだが、母は「枕のせいかしらねぇ」とほわほわしている。我が家は割と突っ込み不足だ。
これがトシなら「めちゃめちゃ寝てましたよね?!」と大きめのリアクションを取るだろうし、しょーたくんなら「寝てましたよね」とクールに突っ込んでくれるだろう、多分。
そこまで考えて、ふと、昨夜の約束を思い出した。



「ここに学校の先生が入院してるんだって。お見舞いに行ってもいい?」

「あら、お母さんも行くべき?」

「お母さんは行かなくていいんじゃないかな」



そう?と首を傾げる母に「会計窓口って混むらしいよ」と告げれば、一人で行きたいという真意を読みとってくれたらしく微笑まれた。ほわほわしている、が、読みは鋭いのも我が両親の特徴だと思う。

会計へと向かった母と別れ、昨夜訪れた病室目指して歩き出す。
何を、話そうか。
相澤先生しょーたくんは何が聞きたいんだろう。今の話? 昔の話?
彼がアルカナというヒーローを好きでいてくれるらしいのは、素直に嬉しい。でも、当時の話を所望されても、そんなに話せることはないんだよなぁ。

でもまあ、まずは、



「ヒーロー名、アルカナ。所属はオールマイト事務所……は、もうないんだっけ」



オールマイトが雄英に来るにあたり、事務所は畳んだと聞いている。ということは、アルカナも解雇? ああでも、とっくに──死んだ時に解雇されてるかしら。その辺、今度トシに聞いてみよっと。
なんてことを考えながら、よろしく、と告げれば、ベッドの上の相澤先生が放心したように瞬いた。
とりあえず自己紹介だよね!と思ってやってみたものの、おや? 外したかな?

曖昧な笑みを浮かべるしかない私の心情を汲んでくれたのか、何度か瞬いた後、相澤先生はゆっくりと息を吐いた。



「二重人格、というわけでは、ないんですよね?」

「ああ、うん」



なんと言えばいいのか、私は俺で俺は私。
真咲とアルカナが明確に分かれているわけじゃないから、説明が難しい。確かに別人なんだけど、同一人物でもある……なんて、矛盾だらけだな!



「私はかつてアルカナと呼ばれていて、俺は今、真咲と呼ばれている。そんな感じ、なんですけど……今のベースは、雨宮真咲、です」



話しながら、昨夜もやってしまった失敗を思い出す。

生まれて十五年、今生のベースは確かに雨宮真咲である。ということはつまり、雄英高校の一年生。教師にタメ口聞いちゃだめだよね……!
どうりで相澤先生が難しい顔してるわけだよ!
思い立って慌てる私に、先生はグッと眉を寄せる。それから長い息を吐いた。



「別に、喋りやすい口調で構いません。俺もそうします」

「敬語じゃないですか……」

「人前では“雨宮”として接しますんで」



それって二人のときはアルカナとして接するってことじゃないですかー。
なんて突っ込みもできず、苦笑するに留めた。トシといいしょーたくんといい、アルカナが好きだねぇ。……自分で言っといてなんだが、照れる!

勧められるまま、ベッド脇の椅子に腰を下ろす。しばらくじっとこちらを見ていた相澤先生だが、私が首を傾げるとふいっと視線を逸らした。
その一連の動作がこう……野良猫に見定められているような……いえ何でもないです。グッとなんてきてません。



「えーと、それで……何か聞きたいことがある?」

「……アルカナ、さんに聞く前に、雨宮に話がある」



相澤先生が纏う雰囲気が一変、担任教師のものになって、自然と背筋が伸びる。
何だろう、と瞬く私に、目を細めて投げかけられた問い。



「ヒーロー活動中のオールマイトを庇って、敵の攻撃の前に出たというのは事実だな」



問い、じゃなかった。だってイントネーションからして疑問符がない。確認するように述べられた昨日の出来事に、頷いて答える。
そんな私を見て、相澤先生は一つ頷いたかと思うと、途端にその目を鋭くさせた。



「思い上がるなよ」



声を荒げた訳でもないのに、ずしんと響く言葉。



「お前はまだ学生で、オールマイトはプロ。それも、ナンバーワンのプロヒーローだ。いくら危機的状況に陥ったとしても、本来学生が手を出していい場面じゃない」



何のために免許があると思ってる、と続けられた台詞が、ストンと胸に落ちた。

そうか。そうだよな。
私が出しゃばっていい場面じゃなかったんだ。あのときは咄嗟だったけれど、私がいなくなって、きっとオールマイトは何とかしただろう。それがプロヒーローだ。

かつての自分に置き換えてみる。
……うん、自分の招いたピンチを子どもに庇われるとか、面目丸つぶれだしな。すまん、トシ。



「……出過ぎた真似でした。以後気をつけます」

「まあ、子どもを守るために、とも聞いている。その点については……よくやった」



ぱち、と瞬いた先で、相澤先生は目を和らげた。
それから苦笑の混じった息を吐く。



「一学生が手を出そうと考えてしまうような救助活動をしていたオールマイトにも非がある……ということで、担任からの小言は以上だ」

「胸に刻みました」



しっかりと目を見つめて告げると、頷きをもって返してくれた。
無茶をした子どもを窘めるのも、大人の仕事だものね。俺相手なんて複雑だろうに、やりづらいことをさせて申し訳ない。
……やっぱり、いい先生だなぁ。



「それで、本題なんですが」



えっ今までの閑話だったの?
軽く目を見開いた私に振られたのは、予想外の話題だった。



「体育祭が迫っています」

「体育祭」



思わずオウム返しをしてしまった私に、先生は真剣に頷いた。
わざわざ口調を改めたということは、真咲ではなく、アルカナに向けての話題ということになる。えっ、体育祭?



「ご存知でしょうが、雄英の体育祭は一種のスカウトの場でもあります。ここでの活躍がスカウトの目に止まれば、それだけプロへの道が開きやすくなる」



あ、あー!
言われてようやく合点がいった。そうだ、体育祭ね!

日本最難関のヒーロー科をもつ雄英高校の学校行事は、一癖も二癖もあるものが多い。その筆頭が、個性の使用が認められた体育祭だろう。
この雄英体育祭はなんとテレビでも放送され、しかも高視聴率を誇る。かつてのオリンピックに代わり、スポーツの祭典として全国を熱狂させている一大イベントだ。
主にヒーロー科の生徒が活躍するためか、現役プロヒーローもスカウト目的で観戦に来るのも特徴だ。ここで活躍し、注目を集めた生徒は今後の進路で有利となるため、業界への個性アピールには最適の行事なのである。
スカウト側からすれば即戦力を見極めて青田買いできるし、Win-winってやつですね。



「もうそんな時期かぁ……でも、それが?」

「アルカナさんは……」



そこで言いよどんだ相澤先生しょーたくんは、数秒の後、覚悟を決めたように口を開いた。



「……ヒーローに、なりたいですか?」


戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -