ガラッと扉を開けて入ってきたリカバリーガールは、ぎょっとする私と相澤先生に構うことなく治癒を開始した。
癒しの個性。いつ見てもインパクトのある光景だ。
遅れてやって来たトシと目が合うと、にっこりと微笑まれる。
「ほら、大丈夫だったでしょう?」
「……まあ、ね」
悔しいやら恥ずかしいやら複雑な思いが表面に表れていたのか、奴はカラカラと笑い声を上げる。うるせぇ深夜だぞ。
そんな気安い私たちを、相澤先生がガン見してくる。気まずい。
というか、リカバリーガールの癒しは対象者の治癒力を活性化させるもの。あれだけの傷、回復にかかる体力は相当なものになるはずなのに……多少疲れた感じはあるが、意識を落とすことなくこちらを見ている彼に脱帽だ。
めちゃめちゃきついと思うんだけどな……?
なんだろう、ここで寝落ちてなるものかという意地が垣間見えるような……無理はしてほしくないんだけど。
「さ、これでいいだろう。明日──もう今日さね。今日は臨時休校だ。安静にしてるんだよ」
「遅くまですみません、リカバリーガール」
「そう思うならさっさと寝るこったね。アンタもだよ、雨宮」
ぐるんっと首をこちらに向けられて、思わずぴくりと反応してしまった。怖いです。
「ラムネ食べるかい?」と言われたので丁重にお断りしたのだが、いくつか手に握らされてしまった。問いかけの意味よ。
「それ食べたらさっさと寝な。歯磨きするんだよ」
さぁさぁと部屋から追い出そうとする彼女に待ったをかけたのは、相澤先生だった。
「待ってください、まだ話が」
「言っておくけどね」
今度はその首がぐるんっと相澤先生の方へ向く。彼もぴくりも反応した。分かる、驚くよね。
「
わたしゃ許さないよ、と静かに言い切ったリカバリーガールに、室内に沈黙が落ちる。
あー、うーん、やっぱり聞いてましたよねぇ。
ついつい苦笑が漏れる。別に、今更隠す気もないからいいんだけど。
アルカナのことは疑わず、それでもただの生徒として接してくれるらしい彼女に、感謝を込めて目礼した。
そんな私の隣で、意味もなくわたわたと手を動かすのはトシだ。そりゃあ、入院中の教え子を深夜に連れ出したのはこいつだからな。
結局言葉を見つけられなかったらしく、見るからにしょんぼりと肩を落としている。やれやれ、こんなに分かりやすくてよく平和の象徴とかやってられるなぁ。
痩せた肩をポンと叩いて慰めると、リカバリーガールへと向き直った。
「ありがとうございます、治与先生」
「……まったく! アンタもアンタだよ。自分の個性くらいコントロールしときな!」
「それは、はい、すみません……」
ごもっとも。
"停止"はアルカナの個性で、
落ち度は全て私にある。
コントロールできなきゃ技でも何でもない。ただの暴走だ。しっかりと、肝に銘じた。
同じ失敗は、二度としない。
「それからオールマイト!」
一人決意した私の前で、リカバリーガールの首がまたもやぐるんっと方向を変えた。
名指しされたトシから、ひえっと声が漏れる。
「は、はいっ?」
「アンタも何考えてんだい! こんな深夜に患者を連れ出すなんて──」
くどくどと始まってしまったお説教。時折ぺしぺしとラムネの瓶で叩かれながらも、身体を低くして頭を下げるトシ。
そんな光景を視界の端に捉えながら、私はこっそりベッドへと近付いた。その動きに気付いた相澤先生が、じろりとこちらを睨んでくる。いや、睨んでるつもりはない……のか? 単に目つきが悪いのかもしれない。そんなとこも可愛い、なんて、惚れた欲目かな?
「そういうわけなんで、部屋に戻るね」
「……逃げるんですか」
「まさか。一時休戦ってやつだよ……まぁそもそも、戦ってたつもりはないけど」
「……明日、は」
「明日? 退院の前に来るから話をしよう。それでいい?」
問いかければ、じっとこちらを見たあと、渋々といった体で頷いた。
えっなんだこの三十路、可愛いな……?
構ってもらえなくて拗ねている黒猫みたいな……いや待て、止めよう。中身おっさんがおっさん相手に妄想とか、止めよう。
しょーたくんはおっさんでも可愛いけどな!
「治癒してもらったとはいえ、身体は疲れてる。ゆっくり寝るんだよ、しょーたくん」
おやすみ、と言った顔は、我ながらにやけていたと思う。
仕方ないよね、可愛いんだから。
紡いだ言葉に返事はない。
おや?と瞬くと、相澤先生はふるふると震えながら俯いてしまっていた。
「先輩。先輩モード、先輩モード」
小声でトシに窘められ、ハッとする。リカバリーガールも心なしか呆れた顔でこちらを見ていた。
し、しまったー! つい!
そりゃあさっきまでただの教え子だった女子生徒に、急にタメ口使われたら怒りで震えるわ!
やばいぞ、これはやってしまった。
「あ、あの! つい、もう知られたし、と思って油断して……ごめん、なさい! すみませんでした!」
「……っ……い……」
「え?」
バッと顔を上げた相澤先生の顔は赤かった。
真っ赤だった。
「おやすみっ、なさい!!!」
「静かにしなっ!」
ぱしんっとリカバリーガールに叩かれてベッドに沈んだ相澤先生。
その間に、トシに摘ままれるようにして病室を出た。私は猫の子か何かか。
それにしても、と先程の相澤先生の顔を思い返す。
う、ううむ……。
「しょーたくん、顔真っ赤だったな……」
「誰のせいだと……」
ぽつりと口にしたトシの言葉に反省する。
──やっぱり俺のせい、だよね。
「傷口から熱出たのかな……治癒では熱は下がんないんだっけ? 医者呼んだ方がいいと思う?」
思うままに口に出して見上げた先で、トシが目を丸くしていた。
私と目が合ったまま、ぱち、ぱち、と数度瞬いて、これ見よがしに大きな溜め息を吐き出す。おい何だよ、人の顔見て溜め息とは失礼じゃないか。
そんな思いで軽く睨んでやると、トシの表情は苦笑へと変わる。
「熱、ではないと思いますよ……いや熱には違いないでしょうけど、まぁ、大丈夫でしょう」
「なんだそれ」
「まあまあ。それより、早く部屋に戻らないと」
リカバリーガールに怒られる。
そう続くより早く、背後の扉がガラリと開いた。見なくても分かる、彼女だ。
まだいたのかい、と小言を言われる前に、おやすみなさい!と二人で駆け出した。
「廊下は走るもんじゃないよ!」と、結局、小言をもらった。