居酒屋「三猿」。
雄英高校に程近い場所にあるこの店は、クリスマスだというのに──いや、クリスマスだからか、がらんとしていた。夕飯時にここまで人が入らないと少し心配になる。
カップルのデートとかはもっと洒落た店に行くのだろうか。(精神的に)おっさんだから分かんなーい。
まぁ、もっと遅い時間になれば、酒飲みたちが集まるのかもしれない。
「先輩、奥の個室空いてるそうですよ」
「じゃあそこにしてもらおっか。その方が落ち着くよね?」
「そうですね」
12月25日、クリスマス。
クリスマスソング溢れる街中の喧騒から少し離れたこの店で、ウーロン茶で乾杯する。
襖で仕切られた小さな個室。ここなら誰か店に入ってきても見られないし、話も落ち着いてできそうだ。
それほど広くない店内だから、襖を開ければ店主に声を掛けることもできる。注文にも困りませんね。
それにしても、
「トシに居酒屋のイメージないなぁ」
思わずこぼした感想に、向かいに座ったトシが首を傾げる。
いや、だって、オールマイトだよ?
昔から人気あったし(今もだけど)、どっちかっていうと洋風なイメージが強いからかな。
ナンバーワンヒーローを飲みに誘う人も少なかったし、アルカナと飲むときはトシセレクトのお高めレストランか宅飲みが多かったしなぁ。
「ここ、相澤君と飲みに来たことがあるんですよ」
何だそれ面白そう。
トシと相澤先生とか、二人で何話すんだろ?
実に興味深い。
聞けば初めはサシだっが、次第に他の教師陣が乱入したとのこと。それはそれで楽しそうだね。
「しかし、良かったんですか?」
「何が?」
「せっかくのクリスマスなのに、私と居酒屋とか……」
心なしかしおしおと小さくなる痩身を見ながら、ウーロン茶をちびり。お互いにお酒じゃないのがあの頃との違いだなぁ。
ポテトサラダを摘みながら、言葉を返す。
「こっちの台詞だけどね。トシこそ良かったの? せっかくのクリスマスに女子高生と居酒屋とか」
「その言葉選びは悪意がありますよっ!?」
慌てたようにパタパタと動くトシに笑いを禁じ得ない。
だって、そんなのお互い様だ。
ご飯行きたいねー、と言っていて、たまたま都合が合うのが今日だっただけ。
今年のクリスマスは平日だから、我が家のクリスマスはイブである昨夜にやったし、クラスメートたちとは昼間にパーティーして夕方解散。
なら、別に夜はトシとでいいよね?
「別にイベントごとじゃなくても、トシとご飯するのはいつでも歓迎だよ」
「……相澤君に恨まれるなぁ……」
苦笑する男に、今度はこちらが首を傾げる番だ。
視線で問いかけるも、トシは苦笑するばかりで枝豆を摘まむ。
私は未成年、トシは身体のこともあって互いにノンアルコールだが、摘まみは酒のお供じゃなきゃいけないわけじゃないしね。塩気の効いた枝豆は美味。
「相澤先生は学校かな?」
「私が学校を出たときはまだ居ましたよ。今は……どうでしょう。ヒーロー活動中かもしれません」
生徒が冬休みだからといって、先生も休みなわけではない。普通に勤務ですよね。
昼は雄英の相澤先生。夜は抹消ヒーロー・イレイザーヘッド。相変わらず忙しい人だ。
夜くらいゆっくりしてほしい……身体壊さないか心配しちゃうよ。
「あ、そうだ! 相澤君も呼ぼう!」
閃いた!みたいに、トシが顔を輝かせる。
スマホを取り出したと思いきや、いそいそと操作を始めた。
「先輩、相澤君が一緒でもいいですよね?」
「それは全然構わないけど……活動中だったら邪魔じゃない?」
「かもしれないのでメールにしておきました。落ち着いたら見てくれるかも」
アルカナと飲み会なんて知ったら飛んで来ちゃいますよ、彼。と笑うトシに苦笑するしかない。
アルコールがないから飲み会と言っていいかは疑問だけどね。
「でもさぁ、クリスマスだし、デート中かもよ?」
笑いながら思ったことを告げれば、何やら驚いたような顔のトシ。
「それは……ないでしょう」
「? なんで言い切れる?」
「いやぁ……だって、ねぇ……?」
もごもごと言いよどむ男は、ちらりとこちらに視線を寄越す。らしくない。
言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ?
曖昧に濁したトシが飲み物を頼もうと手を伸ばした瞬間、襖が吹っ飛ぶ勢いで開いた。
えっ