アルカナの娘 | ナノ


職業病、人の気配には敏感な方だ。
……いや、今は女子高生なんたけど、まあ細かいことは置いておいて。

時刻は、深夜──1時か。
最初は医師の巡回かと思ったが、それにしては動きがおかしい。動き、というか動かないのだ。部屋の前にいるのは確かなのだが、それ以上入ってこようとしない。
知った気配が、固まったように立ち竦んでいる。



「何してんの、トシ」

「ぅああッ……っ!?」



ガラッとドアを開けてやれば、途端に叫びだそうとしたので慌てて口を押さえる。
やめてよ人が来ちゃうでしょ。

目を真ん丸に見開いているので、そのブルーアイズがよく見えた。
暗い廊下でも煌めいてる。うん、綺麗だ。



「叫ぶなよ、夜中だぞ」



念を押してから手を離す。そしてもう一度聞いた。
何してんの、トシ。

病室の前で立ち竦んでいたのはオールマイトだった。
治療を受けてきたのだろう、所々に包帯が見える細身の男は、苦笑しながらこちらを見下ろしてくる。



「何で分かったんです?」

「俺がお前を分からないと思ったのか?」

「……いえ、ハイ、すみません」



なぜか照れたように頬を掻く男を見上げて首を傾げる。
なんで照れてんの?



「先輩が目を覚ましたと聞いたので、つい。でも寝てるところに無断で入るのもなぁと」

「まあ、見つかったら完全に不審者だね」

「うっ」

「深夜に女子高生の部屋にこっそり入るナンバーワンヒーロー……いや、その姿だと教師?」

「どっちもやばい奴じゃないですか!?」



もー!とわたわたするトシに笑いがこぼれる。
よかった。
怪我は多いが、いつものトシだ。

言わなければならないことを思い出して、私は姿勢を正す。



「オールマイト、助けてくれてありがとう」

「いえ。先輩が無事でよかった」

「お前もな、トシ」



信じていたよ、お前の強さを。
私を、みんなを、守ってくれてありがとう。
無事でいてくれて、ありがとう。

そんな思いを感じ取ってくれたのだろう。ゆるゆると笑ったトシに、こちらも笑ってしまう。



「それで、せっかく会えたので、先輩に一つお伺いしたいんですが」



てっきり様子を見に来ただけかと思ったが、どうやら何か用事があったらしい。
何かな、と思い、そういえば入り口で立ちっぱなしだったことに気付く。なんてこった。
無礼を詫びて入室を誘うが、トシはゆるりと首を振った。



「長居するつもりはありません。先輩もお疲れでしょうから」

「そう? じゃあ、聞きたいことって?」

「相澤くんのことです」



ぴたり。空気が止まった。
視線だけで続きを促す。



「先輩がリカバリーガールに届けてくれたおかげで、応急処置で一命は取り留めています」

「そっか……よかった」



気になっていた。
大丈夫だと信じて、重傷の相澤先生しょーたくんをリカバリーガールに預けたが、心配で仕方がなかったのも事実。
無事だと信じていたけれど、こうして改めて聞くと、ひどく安心する自分がいた。
ほっと息を吐いた私に、トシも頷く。



「ですが、一つ」

「一つ?」



まさか、何か後遺症が?
眉を寄せる私に、トシは口を開く。



「肘が、治せないんです」



息を呑んだ。
あの時、敵に壊された肘。ぼろりと崩れるあの光景が、鮮明に蘇る。

なぜ……どうして!



「だって!あれ以上壊れないようにって、俺がっ」

「それです」

「……え」



トシの真っ直ぐな視線が、固まる私を見下ろして射抜く。



「誰かが……恐らく先輩が掛けた個性ストップで、個性の上書きができなくなっている。リカバリーガールの治癒が効かないんです」



ひゅ、と鳴ったのは、俺の喉か。

そうだ。あの時確かに、俺はしょーたくんに個性を掛けた。
停止ストップ。対象を停止させる、アルカナの個性。解除しない限り他の個性を弾く効果もあるため、いざというときには保護や守りにも使えて重宝していた。

それが、解除、されてない?



「多分、先輩アルカナだろうなと思ったので、確認を。それで、明日にでも解除してもらって相澤くんを治癒を」

「早く言えよ!!!」



深夜だとか廊下だとか、そんなことはすっかり抜け落ちた頭で叫んで、私は駆け出した。


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