目が覚めたとき、そこは病院だった。
場所の変化をすぐには把握できず、瞬く私。のぞき込んできたのは、心配そうな母の顔だった。
あの後、意識を飛ばした私は、トシの通報によって緊急搬送されたらしい。
朝方に敵の個性を受けたこと、その個性は解けたようだが、副作用かひどく苦しんでいたことが伝えられ、家族へも連絡が入ったようだ。
「学校から電話があってびっくりしたのよ。身体はどう?」
「今は……大丈夫。何ともないみたい」
「そう? でも、念のため調べてもらわないとね。━━前もこんなこと、よくあったの?」
純粋な問いかけに、つい苦笑が漏れる。
「敵の個性を受けたことはあるけど。あんな状態になったのは初めてだよ」
「そう……ヒーローって大変なのねぇ」
お医者さん呼んでくる、と席を立った母を見送って、ぱちりと瞬き。
……あれ、前世がヒーローだったって言ったことあるっけ?
んんん?と首を傾げていたら、すぐに二人の男性がやってきた。
一人は白衣なので、母が呼びに行った医者だろう。それにしては母がいない。
私の疑問を察したのか、医師が人の良さそうな顔で頷く。
「雨宮さん、目が覚めて良かった。お母さんは今、ナースステーションで手続きをしてもらってるよ。すぐに来てくれるからね」
子ども向け対応に頷いておく。
さて、もう一人は誰だ? スーツ姿の男性に目をやると、またも口を開いたのは医師だった。
「こちらは警察の塚内さん。雨宮さんが倒れた原因が、今朝捕まった敵の個性によるものと思われるから、話が聞きたいらしい」
「塚内です。診察の後に少し話を聞かせて貰いたいんだけど、いいかな?」
「はい」
塚内。つかうちくん。
思いがけず聞いたことのある名前に出会ってしまい、とりあえず短く返すので精いっぱいだった。
塚内くんって、あれでしょう。トシの友達。
そういや、校長が「警察官の塚内くん」と言っていた気がする。
医師はてきぱきと診察すると、「問題なさそうだね」と太鼓判を押した。
「恐らく、敵の個性による一時的な症状だったのでしょう。後遺症もなさそうですが、念のため今晩は入院してもらいます。明日には退院して問題ないですよ」
「そうですか……分かりました」
塚内くんは、医師の話を手帳に書き込んでいた。今朝の敵の調書とかに使うのかな。
というか、今晩は入院かぁ。
「じゃあ、私は戻ります。お母さんには、あとでここに来るように言っておくからね」
「お願いします。ありがとうございました」
軽く頭を下げて医師を見送る。部屋には私と塚内くんの二人になった。
座ってもいいかな、と問われたので、どうぞと返しておく。
先ほどまで母が座っていた小さな丸イスに腰掛けた塚内くんは、さて、と私を見た。
「突然申し訳ない。すぐ済ますから、付き合ってくれるかな」
「大丈夫です。今朝の、敵の件ですよね」
頷いた塚内くんは、事の次第を話し始めた。
オールマイトによって逮捕された敵の個性。調書をとる中で分かったそれは、やはり年齢倍増と反転だった。
解除するには、奴が意識して対象に触れる必要があるらしい。
ただ、効果は持って半日ほど。時間がくれば個性は解けるが、問題はその副作用とでも言うべき置き土産。
「時間切れでの解除は、かなりの苦痛を伴うようなんだ」
調書をとる中で、敵がそわそわしだしたので話を聞いたところ、私にかけた個性の時間切れが近いという。
常人なら発狂するほどの苦痛が、子どもを襲う。流石に気が引けたのか白状した奴に、慌てたのは塚内くんたち警察だった。
急いでオールマイトに連絡するも、なかなか繋がらない。やっと捕まえて事情を話すも、私は近くにいないという。
探しに行くと電話が切れてしばらく、私が救急搬送されたことを知ったそうだ。
「苦しい思いをさせてしまった。間に合わなくて、すまない」
ばっと頭を下げた塚内くんに、ぽりぽりと頬を掻く。
まぁ、なんというか……私が無事で良かったね、という感想だ。常人なら発狂、さらっと言っていたが大分怖い発言だよねそれ。
トシがなかなか電話に出なかったのは、“出なかった”のではなく“出れなかった”のだろう。USJで敵連合とやりあっていたはずだ。
連絡がついたのは、事態が一段落したから。そこから電話を受けて、慌てて、私を追って学校へ戻ったのだろう。
「頭を上げてください。ええと、結局私を見つけて通報してくれたのは、オールマイト先生なんですよね」
「あぁ。彼もまた、別の敵の襲撃を受けて、今は治療を受けているよ」
朧気な記憶だが、あのとき見えたトシは確かにボロボロだった。
無茶をさせてしまったなぁ……後で謝りに行かねば。
その後もいくつか質問をされて、答えて、を繰り返していたら、母が戻ってきた。
塚内くんは、母とも少し話をして、頭を下げた後、私に手を振りながら帰って行った。
「今晩は入院だって。お医者さんから聞いたかしら?」
「うん。明日には退院していいって言ってたけど」
一緒に病院に泊まろうかと言う母に、手を振って答える。一晩くらいなんともないですよ。
伊達に精神年齢高くないのでね!
母も分かっているので、「何かあったら呼んでね」と頭を一撫でして帰って行った。
さてさて。
これにて、一件落着━━かなぁ。