たどり着いた先で見た光景に、唖然としたのは一瞬。
次の瞬間には、この後の動きを考えるべく状況把握と分析にかかる自分がいた。
クラスメイトたちが訓練に励んでいるはずのその場所では、嘘じゃない襲撃に傷ついた仲間たちの姿がある。
「オ、オールマイトぉおおお!」
入り口をぶっ飛ばしてやってきた私たちを見て、あちこちから最早泣き声の叫びが響く。
オールマイトにいつもの笑顔は、ない。
「あー……コンティニューだ……」
あいつが親玉か。
耳が拾った暗い言葉に、視線を真っ直ぐそちらに向ける。
親玉は、その手を梅雨ちゃんに伸ばしているところだった。何の個性かは分からないが、触れなくて良かった。セーフ、かな?
幸いというかなんというか、ここにいるのは敵も含め皆オールマイトを注視していて、その背後にいる私には気付いていない。
行ける。
「先輩」
「任せろ」
後ろを振り向くでもないオールマイトの一言に、二つ返事で飛び出した。
何を任せろって、そんなの、
「っ!?」
「相澤先生っ!」
ああ、今がこの身体で良かった。
女子高生の身体でも抱えられないことはないと思うけど、それでも動きは制限されただろう。これほど速くは動けないよね。
腕の中の相澤先生は、ぱっと見て分かるほど重症だ。腕と……頭もか。揺らさないようにしなきゃな。
早く、手当てしないと。
「な、んだ……だれ……」
ゆらりと揺れる先生の目が、ぼんやりと見上げてくる。
……よくこの怪我で意識を保っていられるな。
今自分を抱えているのが誰なのか、分からないのも当然だろう。まさか年齢倍増と反転の個性を受けた雨宮だなんて思うまい。
急に出てきた正体不明の人物、それが私。
やれやれ。
ヒーローは、要救助者を不安にさせちゃいけないんだよ。
かつての自分を思い出す。
何とか口角を上げて、できるだけ明るい声で。
「もう大丈夫。オールマイトと……俺が、来た」
「……ぁ……」
「よく、頑張ったね。しょーたくん」
虚ろな瞳が“俺”を捉える。
「……アル、カナ……」
ゆめ、と呟いて、相澤先生の意識は落ちた。
━━うん。そう、夢だ。夢であった方がいい。
抱え直した身体は、意識を失ったからかひどく重く感じた。
あぁ、そりゃ、重いか。成人男性だもんな。しかも、鍛えてるヒーローだ。
「待ってたよ。社会のごみめ」
相澤先生を腕に抱いたまま、視線だけで親玉を見る。
ヒーローに何の恨みがあるのか知らないが、言うに事欠いてごみとは。随分な言い様だなぁ。
そりゃあ、ヒーローだって聖人君子じゃないさ。正義が100パーセント正しいとも思わない。
でも。
生徒を守る先生は、少なくとも“ごみ”じゃないと思うんだけど。
「相澤くんは……」
「意識がない。早急な手当てが必要だ」
オールマイトのもとまで戻ると、彼は険しい顔で相澤先生を覗き込む。その容態を目の当たりにし、更に表情を険しくした。
こちらに一つ頷いて見せ、くるりと向きを変えると梅雨ちゃんや緑谷くんたちの救出に向かう。
その後ろ姿を目で追うと、たくさんの倒れ込む敵の姿が視界に飛び込んできた。
倒れた敵。
大きな怪我のなさそうなクラスメイトたち。
……守るため、一人で戦ったんだろう。先生として、生徒の安全を守るために。
「ほんとに、よく頑張ったよ」
この、胸を締め付けるような感情の名前を、きっと私は知っている。
思えば、最初から気になっていたんだ。
教室で胸が高鳴ったあの時から━━よろしくね、っていう、一言から。
眠そうで、気怠そうで、素っ気なくて、合理主義で。
でも、ちゃんと挨拶してくれるし、生徒の自主性を認めて、一人一人のことをしっかり考えてくれる。
夜道を心配してくれる。
並んで歩く時は、歩調を合わせてくれる優しさがある。
気になってしまって仕方がない、なんて、そんなの。
……あー、もー。
俺からしたら、15歳下の男の子。
私からしたら、15歳上の担任の先生。
どっちにしたって難易度高過ぎだろ!
「なんで今、自覚するかなぁ……」
ぼそりと零した呟きに、返る言葉はない。
やれやれと溜息を吐いて、腕の中の想い人を見下ろした。