嫌な予感がする、と席を立ったトシは、おもむろにマッスルフォームをとった。ナンバーワンヒーロー、オールマイト。
校長先生の教育論をぶったぎった巨体は、その体勢のまま駆け出そうとする。慌てて袖を掴んだ。
「ちょっ、待ってくださいよ。急にどうしたんです?」
「嫌な予感がするんです……っ、行かなくては!」
オールマイトの瞳は真剣だ。
どうしたものかと、チラリと校長を窺う。ソファーに立ち上がった校長は、気分を害した様子もなく、こちらを見上げていた。
「USJかい?」
どこのテーマパークかと思えば、私たち1-Aが行っている演習施設の名前らしい。
嘘(Uso)の災害(Saigai)や事故(Jiko)ルーム。……怒られないの?
真剣な面持ちで頷いたオールマイトは、「先輩も!早く!」とこっちを見る。
おい、だから先輩と呼ぶなと。
そんな突っ込みもできないほど、焦りに駆られるブルーアイズ。やれやれ、困ったね。
「校長先生、すみません」
「いいよ! 何かあったら呼んでおくれ!」
オールマイトの勘は捨て置けない。百戦錬磨のヒーローが、こんなにも瞳に焦りを浮かべているのだ。
きっと、何かあった。
私のクラスメイトがいる、あの場所で。
「━━行こう」
あ、しまった。先輩モードだった。
そんなことを思ったのは、すでに走り出してからだった。うーん、まぁいいか。
ナンバーワンヒーローは走るのも速い。走るっていうか、低空飛行の勢いだ。
それについて行けてる辺り、この体もなかなかのモノだと思う。
急速に流れていく景色の中に、ふと、見知った姿を見つけた。
「飯田君!」
「っ!? え……あ! オールマイト先生っ!」
砂煙を上げて停止した私たちと、同じように何とか止まった飯田君。勢いを殺しきれないほどのトップスピードで走ってきたらしく、その額からは汗が流れている。
ゼェゼェと息を整えるその顔は、オールマイトに負けないくらいの焦燥の色が濃かった。
「どうした?!」
「敵が!」
オールマイトの問いに被さるように発せられた単語に、眉が寄る。
敵、が?
隣で険しい顔をしたオールマイトが、落ち着きなさい、と飯田君の背を撫でている。
「敵が、どうした?」
「敵が……っ、敵連合と名乗る集団が、USJに乗り込んできてっ! みんなが! 13号先生が……っ、相澤先生がッ!」
ヒーローの卵といっても、まだ15歳。突然のピンチに動揺するなという方が難しい。
泣きそうな飯田君の叫びに胸が痛んだ。
同時に、ザワリと気が高ぶる。
「……飯田君。まだ、走れる?」
「っ、? あ、の」
揺らいだ飯田君の目が、私の姿を捉える。困惑していた。
……あぁ、そうか。この姿、雨宮だと分からないのか。そりゃ仕方ない。
説明している時間は、ないな。
誰か分からず困っている飯田君には悪いけど、他学年の先生か何かだとでも思っておいてもらおう。
「走れるなら、学校まで行って他の先生を呼んできて欲しい。全員だ」
「頼むぞ、飯田少年!」
「は、はいっ!」
オールマイトの声も重なって、飯田君はピシッと姿勢を正した。汗を拭い、再び走る構えを見せる。ごめんよ、頑張って。
そんな彼を背に、私とオールマイトも並んだ。
敵。
敵連合。
みんなは、13号先生は━━相澤先生は、無事だろうか。
怪我を、していないだろうか。
ザワリ。
気が揺れる。
「先輩」
「行くぞ、トシ」
地を蹴ったのは同時だった。