心優しいお母さんの配慮で、店にあった服を一式、貰ってしまった。
男の子の家は紳士服店だった。頂いたのはダークグレーのスーツ。
……ますます“俺”に近づいてしまった。
「アルカナ!」
「校長先生、1-Aの雨宮です」
「久しぶりだねぇアルカナ!」
聞いてない、だと……?
どうしてこう、私の周りには話を聞かない人が多いのか。校長はネズミだけど。
朝のあれこれで完全に遅刻を果たした私たちは、現在、校長室にいた。
活動時間の限界が訪れたトシはといえば、部屋の隅でこそこそ電話を掛けている。
ヒーロー活動をしていて遅れたこと、活動限界がきてしまったこと、そして私の状況。電話の相手は13号先生らしい。なぜ相澤先生じゃないの……怒られるから?
オールマイト対敵の現場にたまたま居合わせて、戦闘に巻き込まれてしまった私。怪我はなかったが、敵の個性を受けてしまったので、しばらく様子を見る。
そんな説明をして電話を切っていた。うん、まあ、嘘じゃない。
「すみません、校長。私がついていながら……」
「仕方ないさ」
ぴょこんとソファーを降りた校長は、「怪我がなくて何よりだよ!」と私を見る。
そのくりくりした目に見つめられると、なんだか座りが悪くなってしまう。なんでかな。
「オールマイト、活動限界のことは?」
「この姿を見せてしまったので……話しました。もちろん、口外しないようお願いもしてあります」
「そっか。そうだよね。まあ、そこは心配してないよ!」
アルカナだしね!と一人納得した様子で頷く根津校長。
いやだから……雨宮だってば……。
やれやれと内心でため息を吐いていると、トシの携帯が着信を告げる。発信元を確認して、一言断ってから電話に出た。
「塚内くん。どうかしたかい?」
……つかうちくん?
ぱち、と瞬いた私の疑問に気付いたのだろう。校長が「警察官の塚内くんだよ!」と説明してくれる。
ほほう……番号を教えてるなんて、結構仲良しなのかな。
「雨宮少女、朝の敵の件だけど」
通話を切ったトシが、真剣な顔でこちらを見る。先輩と呼ばないあたり、一応校長に気を使っているらしい。
「なんだい?」と返事をしたのは、その校長だ。
「個性が判明しました。やはり、年齢倍増と反転だそうです」
「ピンポイントですね……」
予想通りとはいえ、用途の限られる個性だなぁ。
呆れた顔になってしまう私の隣で、校長がぴょこんとソファーに飛び乗る。
何か気になるのか、少し難しい顔をしている、ように見えた。ネズミの表情読みにくい。
「……反転? 性別反転じゃなくて?」
「えぇ、反転です」
「じゃあ、変わったのは性別だけじゃないんだね」
「え……そうなんですか?」
驚いてトシを見れば、しっかりと頷かれた。えええー……マジかぁ。
でも、あと何が反転するんだ?
首を捻る私の横で、校長が小さな手をピンッと挙げた。
「アルカナ、今のキミの個性は何だっけ?」
「……“振動”です」
「それの反対だからー……“停止”かな?」
もう「雨宮です」と訂正するのも疲れて流してしまった私。
校長の口から出た単語に、ピタッと停止したのは私の動きだ。
え、まさか。
「個性反転……?」
「そうみたいです。目に見えるところだと、性別と個性が反転する」
停止って、そんな。
私の驚きは、なにも個性が反転してしまったからだけではない。
反転先の個性に覚えがありすぎるからだ。
「停止といえば」
ふふ、と笑って、校長が私を見る。
「アルカナの個性も“停止”だったよね!」
勘弁してくれ。
確かに、“俺”の個性は“停止”だった。
止めたい、と強く念じながら「ストップ」と言えば、対象を文字通り停止させるというもの。その気になれば何でも止められてしまう、今思えば我ながら恐ろしい個性だった。
“私”の個性が振動と分かったときは、やっぱり別人になったんだなぁとしみじみ思ったものだ。
反転してる、なんて、考えたこともなかった。
「先輩……!」
こらトシ、静かに目をキラキラさせるの止めなさい。
校長も「おかえりアルカナ!」とか言うの止めてください。
もう何を言っても無駄かなぁと悟った私は、唐突に隣で始まった校長の教育論を聞き流す体勢に入った。