(オールマイト視点)
「先輩━━━━……ッ!」
華奢な身体に、敵の個性が当たる。一瞬で視界を覆った煙のせいで、その姿が見えなくなってしまった。
なんとか目を凝らした先で捉えたシルエットは、ゆっくりと地面に倒れ込んでいく。
ぞっとした。
私だ。私のせいで、先輩が━━!
脳裏に蘇るのは、忘れようにも忘れられない15年前のあの日。
私の相棒、アルカナの、最期。
全身の血が音を立てて引いていくようだった。
心臓がうるさい。
すぐに駆け寄らねばと思うのに、足が地面に縫いつけられたように動けない。
先輩、
「先輩……ッ!」
「━━だから、先輩って呼ぶなってば」
聞こえた声に、心臓が一際跳ねた。
ドックン、ドックン。他の音なんて忘れたかのように、それしか聞こえない。
なぜ、どうして。
だって、その声は、まるで━━……
視界を覆っていた煙が、静かに晴れていく。
己の視界に飛び込んできた姿に、はくりと、口が開いたのが分かった。
「これは、いろいろと酷いなぁ……」
はは、と苦笑を見せるのは、地面に座り込む男だった。
「……せん、ぱい……!?」
「だから。人前でそう呼ぶなって……あぁ、でも」
呆れを浮かべてこちらを見る、その顔も。
やれやれとでも言いたげな、その声も。
瞬いて自分の体を見下ろす、その瞳も。
「まんま“俺”だなぁ……笑えない」
アルカナ━━その人だった。
あまりにも懐かしい、もう二度と見ることは叶わないはずだった姿に、鼻の頭がツンと熱くなる。
同時にゴホ、と咳が漏れた。活動時間の限界が近い。
「どうして……っ、怪我は?!怪我はありませんか?」
「うん、ないよ。どうしてかは分からないけど……個性かな?」
ちらりと先輩が視線をやった先では、個性を放って力尽きたらしい敵が倒れていた。
民衆が恐る恐る取り囲んでいる。
「何の個性でこうなるんだか。年齢倍増と性別反転とか?」
「ピンポイント過ぎますね」
「もしこれが当たってたら、今頃オールマイトはかなりのおばあちゃんだったかもね」
なるほど、そう考えれば恐ろしい個性だ。
いきなり自分の体が成長し変化すれば誰だって戸惑うし、それが戦いの最中なら尚更だ。一瞬の判断が命を左右する。
それにしても、と、改めて男を見る。
どこからどう見ても、先輩だ。あの頃の相棒の姿がそこにある。
「本当に……先輩、ですよね……?」
「1年A組の雨宮真咲ちゃんですよ、オールマイト先生」
そう言って口の端を上げた笑い方も、記憶の中の彼と重なった。
あぁ、先輩だ━━先輩だ!
「どうせなら服も変わってくれたら良かったのに。これは、ちょっと……アウトだよね」
「あ、あー……ええと……ハイ」
成長し、性別の変わった身体に纏う服は、雄英の制服だ。
雨宮少女が着ていたものだから、もちろん女子制服。つまり……スカート。
おそらく30歳ほどの男が着ている、女子高生の制服━━すみません先輩、アウトです……っ。
「あ、あのっ!」
そんな私たちに声をかけてきたのは、一人の女性だった。
腕に先ほどの男の子を抱きしめているから……お母さんかな?
先輩と揃って視線を向けると、彼女は深々とお辞儀をしてみせた。
「あのっ、助けていただいて、ありがとうございました……っ!」
「ヒーローとして当然の務めですよ」
HAHAHAと笑うと、男の子の目が煌めく。かわいいね。
彼の中のオールマイト像を崩さないためにも、本当は早くこの場を去る方がいいんだけど。
内心でうーむと唸る私から視線を外した男の子は、次いで先輩をロックオン。
「おにいちゃんになっちゃったおねぇちゃん!」
言い得て妙。
ふ、と笑った先輩が、ひらりと片手を振って応えてみせる。
「あの、すみません、うちの子のせいで……」
「いえ、私が出しゃばったのが悪いんです。その子に当たらなくてよかった」
「何かお礼を」
「お気になさらず、大丈夫ですので」
ヒーロー活動をしていれば、こんな風に感謝されることも少なくない。けれど、私も、そしてかつての先輩も、こういう申し出はなるべく断っていた。
見返りが欲しくてやっているわけじゃないからね。
女性は少し躊躇ってから、「でも」と口を開いた。
「うち、そこの服屋なんです。せめてメンズ服を……受け取ってください」
その目が、先輩のスカートを見る。
困ったような笑顔を浮かべていた先輩が、ぴしっと固まったのが分かった。私も固まった。
「……ありがたく、頂戴します」