タッタッタッ。
夜の道を軽快な足音。うん、快調です。
体力作りを兼ねて始めた夜のランニングは、すでに私の日課の一部。前世も合わせるとかれこれ数十年の習慣だから、やらないと落ち着かないんだよね。
普段は大通りを抜けて、公園を通って……というルートなんだけど。
なんか、騒がしい。
わーわーと声が聞こえる。パトカーのサイレンも。
敵でも出たか?
気にはなったけど、"俺"の頃ならまだしも、今の"私"ではどうすることもできない。
仕方ない、ルート変更だ。
近くのヒーローが駆けつけるだろうと見込んで、いつもは直進する道を曲がった……ら。
「何だァ、お前ェ?」
こっちに居んのかーい!
細い路地だった。街灯もなく、暗く、人通りのない道。こりゃ完全に私のミスだな。
敵は、一人。見るからに雑魚……っん゛ん゛、えーと、なんとかできそうな感じの異形タイプ。
「何だナンダァ? お嬢ちゃん一人ィ?」
キヒヒヒヒヒ、と独自の笑い声を上げて、敵が私を見た。その目はドロリと濁っている。
動かない私を、恐怖で固まっているととったらしい敵は、更なる笑い声を上げて近付いてきた。
え、どうしよう。
正直なんとかなる。ただ、正面から力でやりあったとしたら、それはただの暴力だ。公の場で許可なく個性を使うのは違法。それは分かる。分かるのだが。
「自分の運命を恨みなァ!」
いや、お前がな?
私はただ、日課のランニングをしていただけだったんだ。変に頭を使わせないで欲しい。ストレートに言えば邪魔すんな。
そんな思いを眼力に込めて、カッと。
パタリと倒れた敵に溜め息一つ。
仮にも街で暴れようとする敵が、女子高生の睨み一つで倒れてどうする……。
「雨宮」
不意に呼ばれて、弾かれたように視線を上げた。
だが、声の主の姿は見えない。あれ、と瞬く私の耳に、再度、その人の声が届く。
「上だ。上」
「上? ……あぁ、相澤先生。こんばんは」
言われるまま見上げれば、電柱の上に人影。夜の闇に紛れる黒装束に、首もとの白い捕縛武器が揺らめいていた。
トン、と軽い音を立てて着地した彼は、厳しい目で私を見る。
「個性の使用は違法だぞ」
「個性じゃありません。気合いです」
「気合い、ねぇ……」
個性は使っていないから、嘘じゃないよね。
相澤先生は、ヒーロー活動中だろうか。敵が出たとの通報で駆けつけてきたのかもしれない。
昼は学校の先生、夜は抹消ヒーロー。忙しい人だなぁ……身体壊さないといいけど。
なんて考えている私を見て、相澤先生はボリボリと頭を掻く。そして大きな溜め息。
取り出した携帯電話で何やら通話をし終えると、すぐにパトカーのサイレンが近付いてくる。呼んだのかしら。
「帰るぞ」
「一人で帰れますよ?」
「子どもがこんな時間に一人で出歩くな」
ぶっきらぼうに言われて、きょとりと瞬く。送ってくれる、らしい。
相澤先生ったら心配症だなぁ。
並んで歩き出せば、心なしかいつもより歩幅の狭い先生。合わせてくれている……の、か?
優しい……。
「なぜこんな時間にあんなところにいた?」
ぼそりと問われて、軽く睨まれた。
「いつもは大通りの方を走ってるんですけど、今日は何だか騒がしかったので……手前で曲がったら、鉢合わせてしまいました」
「……いつも?」
「あ、日課で。ランニングしてるんです」
そう言えば、時間を考えろと怒られた。
そんなに遅い時間じゃないのに……。
まぁでも、いい先生だな。こうやって、ちゃんと生徒を心配してくれる。
コツ、コツ。二人分の足音。
いつの間にか会話もなくなって、静けさの中を歩いていた。
「━━雨宮」
そんな中だったので、小さな声もよく響く。
隣の相澤先生が歩みを止めたので、自然と私の足も止まることになる。
先程までより少し固い声で私を呼んだ先生は、少しの間言葉を探すように言いよどんだ。そして、絞り出すように口を開く。
「お前は━━……あの人の……」
「……先生?」
音にならない何かを呟いて、きゅ、と眉を寄せた相澤先生。
見つめる先で、「いや」と頭を振った彼は、「何でもない」と言って再び歩き出した。
その背を、遅れて追いかける。
遅れたのは、少しばかり動揺したからだ。声にならない言葉を、読みとってしまったから。
━━━━アルカナさんの、
うーん、参ったなぁ。