トシの用意した昼食をとりながら、いろいろと積もる話を。
主に喋っているのはあっちで、私は時折頷いたり返事をしたり。昔からこんな感じです。
綺麗に巻かれた卵焼きを口に入れたところで、先輩、と呼びかけられる。
「雨宮少女が先輩ということは、入試のあれは……わざと、ですね?」
もぐもぐと咀嚼しながら口を開くのはまた何かと言われそうだったので、首を傾げることで問いにした。意味は、あれってなーに、だ。
我ながらあざとい仕草。女子高生でよかった、おっさんじゃできない。
「他の受験生の意識を奪ったあれです」
言われて、ああ、と納得。
甘めの卵焼きを飲み干してから、口を開いた。
「わざとだよ?」
「ですよね……」
「トシが見てるんだろうなぁって思って。見てなかったの?」
問いかければ、目の前の男はぱちりと目を瞬かせる。
どうでもいいがお前、ごはんちっとも食べないのね。箸が進んでないぞー。
「見ていましたが……」
「なんだ、やっぱり。トシなら気付くかなーって思ったからやってみたのに」
「……待ってください。何ですか? 先輩は、私に気付かせようと、あんなことを……?」
「だから、そう言ってる」
唐揚げを摘まんで頬張る。ん、これも美味い。
しばらく固まった後、片手で顔を覆った男は、はぁあああ、と大きな息を吐いた。おい何だそれは、失礼なヤツめ。
じっと見つめた先で、いつも笑顔が売りの男は、その顔に苦笑いを乗せていた。
「それは、気付かなくてすみません」
謝ったトシに口を開きかけたその時、響きわたった警報音。
二人とも、瞬時に立ち上がった。
「先輩はここにいてください」
「馬鹿言うな。トシがここにいて」
バチリと視線が合って、両者で軽く睨み合い。
あー、このやりとり、昔はよくやったなぁ。
俺は、相棒は前衛って感じの考えで、本命は後ろで控えてるってのがイメージなんだけど、オールマイトは逆らしい。
まず自分が突っ込んでいって、何かあったらフォローしてね、みたいなスタイルだ。合わないよね。なんで俺、オールマイトの相棒やってたんだろ。
まあそんな訳で、何か起こるとどっちが先に行くかってのでよくこんなやり取りがあった。結局、同時に出るから同時につくんだけど。
口を開き掛け、こんなことやってる場合じゃないかと頭を切り替える。とりあえず、窓から外の様子を覗いた。
今の警報は、学校の周りをグルッと取り囲む壁、通称:雄英バリアーが破られたことを知らせるものだ。一体誰が。
痕跡を探そうとした私の目に飛び込んできたのは、なんとも意外な正体。
「トシ、見て」
「あれは……マスコミ?」
壁を越え、敷地内へとなだれ込んできていたのは、マイクやカメラを持った報道陣の姿。
朝、校門の前にいた人たちか……まだいたんだな。
呆れの視線で眺める私の後ろで、トシが内線を使って職員室と連絡を取っていた。
「流石に、無断侵入ですからね。警察に通報したそうです」
妥当かな、と頷いた。
トシと二人、並んで窓の外を見下ろす。
わらわらと校内に入ってくるマスコミの前に数人が立ちはだかる。お、あの黒いシルエットは相澤先生かな。
押し止めようとしているみたいだが、勢いづいたマスコミは止まらないようだ。せめて校舎内には入れさせたくないよね。
しっかし、
「ただのマスコミが、バリアを突破できるもんかなぁ……」
零れた疑問に、ぴくりと揺れる男の肩。
「どういう意味です?」
「誰か、手を引いた奴がいるんじゃないかなーってこと」
「……否定できませんね」
言っちゃ悪いが、ただのマスコミレベルで、あの雄英バリアーを突破できるとは思えない。トシも、ここにいない他の教師たちもまた、同じ考えを持つだろう。
ありとあらゆる可能性を想定するのが、ヒーロー活動の基本だ。
敵だ、とは言い切れない。しかし、敵でないともまた、言い切れないのだから。
やれやれ、とため息を吐いて、窓際から踵を返す。
先輩?と呼びかけられて、首だけで振り向いた。
「用心するって言っても、今は何もすることないでしょ。だからさ」
これ食べよう、と、机の上の弁当を指さしてみせる。
せっかく用意してくれたんだしね。食べないなんて選択肢は無いぞ私には。
ナンバーワンヒーローは料理まで上手だ。非の打ち所のない男だな。あーやだやだ、ミートボール美味しー。
勝手に食事を再開させた私を、トシは少しの間、きょとんと見ていた。
食べないの?
見上げて問うてやれば、小さく笑って、向かいへと腰を下ろす。
「本当に、先輩には敵いませんね……いつまでたっても」
「なに?」
「いえ。おいしいですか?」
美味いよ、と言ってやれば、それは良かったと満面の笑み。
なんだなんだ。
っていうか、キミも食べなさいよ。