アルカナの娘 | ナノ




「オールマイトさん出してくださいよ! いるんでしょう?!」



朝。
のほほんと通学してきた私は、校門前の喧騒に足を止めざるを得なかった。
マイクにカメラに人、人、人……マスコミだ。
ナンバーワンヒーロー、オールマイトの教師就任を聞きつけて、コメントでも求めてやってきたのだろう。
参ったなぁ、これじゃ学校に入れないよ。



「彼は今日、非番です。お引き取りください」



私の耳が、その声を拾う。相澤先生だ。
人混みの隙間から、黒装束がチラリと目に入る。先生たちも出てきたのか。とんだ業務妨害だな。

しかし、オールマイトって今日、非番なの?
昨日、「明日お昼ご一緒してもいいですか」ってライン来てたんだけどな。
弁当箱掲げたウサギのスタンプ付きで。
いい歳したおっさんが何てスタンプ使ってんだと呆れの溜め息が出た私、悪くないよね?
だからいるはずなんだけど、マスコミ用の嘘かなぁ。合理的虚偽?



「あっ、キミ!」



うーん、と首を捻ったところで、後方のマスコミの人に声を掛けられる。



「キミ、雨宮さんだろう!? 昨日の授業でオールマイトと戦ったって子だよね?!」

「えっ」



なんで知ってんの?!
困惑する私を余所に、あれよあれよという間に囲まれてしまった。
全方位から差し出されたマイクが怖い!



「どうしてキミがオールマイトと戦うことになったの?!」

「ナンバーワンヒーローとの対戦の感想は!?」

「オールマイトから講評とかあったの?! 何て言ってた?!」



口を開く間もなく、質問責め。や、やめてー!

“俺”の時は、基本、矢面に立つのはオールマイトだった。あいつはにこやかに堂々と話ができるタイプだから。
アルカナはインタビューとか応えなかったし……メディア露出してなかったから、こういうマスコミ対応には慣れていない。

どうしよう。いっそのこと、カッとやっちゃうか?



「ねえ、キミ!」



答えてよ!と、ぐいっとマイクを押し付けられたところで、私の身体が浮いた。
んん?!

そのまま引き寄せられて、初めて事態を把握した。捕獲されたんだ。
身体に巻き付くのは白い捕縛武器。



「相澤先生……ありがとうございます」

「ったく、絡まれてんじゃない。ほら、早よ行け」



好きで絡まれたんじゃないのに。
むー、とふてくされつつ、折角抜け出せたのでさっさと退散することにした。



「先生は?」

「すぐ行く。ホームルーム始まるからな」



そう言って踵を返すと、立ち去る気配を感じたのか、マスコミの一人が門の内側に踏みいった。
途端にセンサーが反応し、校門をはじめ学校の周囲にバリアーのように防御壁がせり上がった。学生証や、通行許可証を持たない人物が学校の敷地内に入ろうとすると、こうやって弾き出されるらしい。
マスコミ曰く、雄英バリアー。ださい。

思わず眺めていると、おい、と呼びかけられる。



「行くぞ」

「あ、はい」



図らずも並んで歩くことになった。
ちらりと何気なく見上げた先に、覇気のない眠そうな目が見える。
むむむ、なんだこのむず痒い感じは……。

その後、マスコミは暫く校門前をウロウロしていたらしいが、午前の授業はつつがなく行われた。
学級委員長決めだったよ。
皆やりたがってて吃驚。俺の時、そんなに人気職だったかなぁ?

立候補が多すぎるので、投票によって決めることになった。
結果は、緑谷くんが最多得票の三票で委員長、八百万さんが二票で副委員長に収まったよ。
あらー、私、飯田くんに入れたんだけどな。彼、委員長って感じじゃない?

決まったところで、ちょうどチャイム。お昼だ。



「真咲ちゃーん! 一緒に学食行かへん?」



麗日さんがニコニコと誘ってくれる。
緑谷くん、飯田くんと三人で学食ランチらしい。一流のご飯を安価でいただけるのも、この学校のすごいところだ。ランチラッシュのご飯美味しいよね。

くっ、先約がなければ喜んでご一緒させていただくというのに……!



「ごめん……今日、お昼行かなきゃいけないところがあるんだ。また誘って?」

「そっかあ。じゃあ、またね!」



手を振って別れて、教室を出る。向かう先は、仮眠室だ。
本来は体調不良の生徒などを休ませる場所だが、大体が保健室で事足りるため、空きの休憩室みたいになっているらしい。
オールマイトが赴任してからは、専ら彼の控え室のような扱いだ。

トシ、あのムキムキの身体、持続できないらしいからね。細い身体を隠して休憩できるよう、他の先生たちも配慮しているみたい。
だから、他の人は滅多に訪れない。

部屋の中に人の気配を感じた私は、迷いなくドアを開いた。



「トシ、お茶しよ」



部屋の中の長身が振り向く。
細い方の姿だった。私だからいいけど、これ、他の人だったらどうするのかね。

入り口に立つ私の姿を見て、スカイブルーの瞳が嬉しそうに輝いた。
パタパタ、と尻尾が振られ……いやいや、だから、おっさん相手に何て幻覚をだな……。



「先輩。もうお昼ですか」

「ん、腹減った」



言うと、眉間にキュ、と皺が寄る。
……おい、何を求めてるんだ。そんな目で見るな、おい。
無言の圧力に屈する形で、溜め息が零れ落ちた。



「……お腹、空いた」

「用意してあります!」



パッと笑った男に、呆れた視線を送る。
全くの無視で流されて、やれやれとソファに腰を下ろした。
ローテーブルの上には、美味しそうな弁当が広げられている。
作ったの? ねえ、作ったの?

いそいそとお茶を淹れてくれる平和の象徴。



「お前は、俺をなんだと思ってるんだ……」

「先輩は先輩ですよ?」

「なら、口が悪いのも見過ごしてよ」

「ここでは可愛い女子生徒でしょう?」



可愛い……? いけしゃあしゃあと何を。
確かに今世の私は歴とした女の子だが、可愛いかどうかは別問題だろう。
あれか、女の子はみんな可愛いタイプ?
……ああ、うん、昔からそうだったかもね。

ニコニコと差し出された箸を受け取って、また溜め息。
トシといると溜め息が多くなるな。幸せが逃げちゃう!



「中身おっさんだぞ」

「先輩はおっさんじゃないです」



真顔で返すな。


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