アルカナの娘 | ナノ




放課後。
「絶対待っててくださいよ!絶対ですよ!」と濃い顔で念を押された私は、一人、屋上でのんびりしていた。
ここ、ほんとは立ち入り禁止なんですよ。昔からね。何度も忍び込んだものです。

屋内戦闘訓練、私対オールマイトの一戦は、タイムアップで敵側の勝ちとなった。
講評を受けたり、クラスメイトから熱い感想を貰ったりして、授業は終了。
下校時間となり、帰り支度をする私に告げられたのが、冒頭の台詞というわけだ。

ちらりと下に目をやれば、なにやら向かい合うクラスメイトが見えて、思わずガン見する。
あれは……緑谷くんと、爆豪くんか。ひゅー、青春の匂い!

やがて踵を返し歩き出した爆豪くんの元へ、巨体が飛んでいった。
オールマイト……爆豪くんへのフォローなんだろうけど、多分それ無駄だぞ……。

私の視線に気づいているのかいないのか、爆豪くんに袖にされしょんぼりしたオールマイトは、今度は緑谷くんに詰め寄っていた。
いつこっち来るんだお前。

しばらく話し込んだ後、緑谷くんを見送ったオールマイト。
私の視線を感じていたらしい。見上げてきたので、早く来いと手招きする。



「お待たせしましたっ」

「飛んで来いとは言ってない」



ぴょーんとひとっ飛びでやってきた巨体に苦言。止めろよ目立つだろ!

幸いにして目撃者はいなかったらしい。騒がれることもなく、二人で向き合った。



「本当に……先輩、なんですよね」

「別に信じなくてもいいよ。事実だけど」

「いえ、信じます」



きっぱり言い切った顔に迷いはない。

さて、何から話そう。思案する私に、目の前のオールマイトもまた、何かを考えているようだった。
その彼が、こほ、と小さく咳をする。



「あぁ、その格好やめたら?」

「え?」

「ここ立ち入り禁止だし、もう下校時間だから、生徒は入ってこないと思うよ」



言ってやれば、濃い顔が瞬く。
しばらく逡巡して、困ったように口を開いた。



「何を言って……」

「昨日の朝」



びくりと巨体の肩が跳ねる。
相変わらず嘘が付けないなぁ、お前は。



「身体を壊したのか、何なのか、原因は知らない。でも、あっちが今のお前なんだろう?」



目を見開いて驚くオールマイト。
ごほっと零れた咳の後、その姿が縮んだ。いや、萎んだ、の方が正しいかな。高いのは変わっていない。

ぷしゅぅ……と揺蕩うのは、水蒸気だろうか。正しく、変身が解けた。そんな感じだ。
現れたのは、昨日も見た細長い男。



「気付いて、いたんですか……」



痩せて窪み、影を落とす瞳。小さくも見える目を見開いて、心底驚いた顔をしてみせる後輩に、呆れの溜め息が零れる。

俺が知る、あの頃のオールマイトとは、似ても似つかない姿。
誰にも気付かれたことがないのだろう。
目の前の痩せた男と、ナンバーワンヒーローであるオールマイト。結びつけることは難しいのかもしれない。

でも。 

輝きの変わらないスカイブルーの瞳とか、
テンションは違っても、低くて張りのある声とか、
立ち方とか、雰囲気とか、
一緒じゃないか。

成長はしたけど、本質的なところは変わらない。



「俺が、トシを、分からないわけないだろ」

「……本当に、先輩なんですね……」



目を見開いたまま、しみじみと言われる。
おいおい。



「信じたんじゃなかったの?」

「信じてましたよ。実感しただけです」

「なんだそれ」



苦笑しながら見上げる。
目が合うと、目の前の男の口元がゆるゆると笑みを象った。
嬉しい、と言わんばかりの表情に、こちらもつられて緩んでしまう。



「おかえりなさい、先輩」

「ただいま。でも、もう先輩じゃないよ」



今の私は、この雄英高校の生徒。
入学したての一年生。オールマイトからしたら、うんと年下の女子生徒だ。
まだヒーローでもなんでもない、ただの女の子。

そう告げると、緩やかに振られる首。



「先輩は、先輩です」

「引く気ないね、お前」

「当然です」

「……人前では雨宮って呼んでね」

「二人なら先輩って呼んでいいってことですね?!」



ぱああっと輝いたトシの顔。
ぴんと伸びた耳と、ぱたぱたと揺れる尻尾が見えた気がした。いい歳したおっさん相手になんて幻覚だ。

でもさ。
いつまでも慕ってくれる後輩って、可愛いもんだなぁ。


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