(相澤視点)
足早に去る女子生徒の後ろ姿を見送り、踵を返す。
数歩進んだところで声を掛けられた。
いるのは分かっていた。
「相澤くんのウソツキ」
「オールマイトさん……暇なんですか」
平和の象徴とも評されるナンバーワンヒーローが腰に手を当ててぷるぷるしながらふんぞり返っていた。
いや、ぷるぷるはしていなかったか。
しかし、言うに事欠いてウソツキとは。
胡乱気な視線を向ければ、ムム、と唸る巨体。
「合理的虚偽だなんて、よく言うよ」
告げられたのは昨年の己の所行。
一年生、一クラス全員を除籍処分にしたことは記憶に新しい。
間違っていたとは思わない。中途半端に夢を追わせることほど、酷いものはないと思うから。
やたらと一生徒……緑谷を気にかけている様子のナンバーワンヒーローは、不意に話を止めて遠くを見た。
「相澤くん、雨宮少女のことだけど」
視線の先には、すでに遠くなった女子生徒の背中。
入試時にやらかしてくれたこともあって、教師陣は皆、雨宮真咲の一挙手一投足に注目している。
監視している、と言い換えてもおかしくはない。
「……彼女が、何か?」
「ウン。彼女ね、今朝、三年生の教室の前にいたんだ」
新入生たちが広い校舎に戸惑いつつ教室にたどり着く中、雨宮は一人、三年生の教室にたどり着いていたという。
その足取りは迷っていないように見えた、と断言される。
「で? 問い詰めたんですか」
「問い詰めるっていうか……どうしたの、とは聞いたよ。迷ったみたいだって言っていたけど」
私を見て驚いていたなあと笑う男だが、恐らく朝はトゥルーフォームだったはす。その姿でひょいひょい人前に姿を現すなよ、と苦言を呈そうとして、苦い息一つに留めた。
言っても聞かないんだ、この人は。
「さっきは何を話していたんだい?」
「入試の件を聞いてきました」
隠すことでもないので正直に答えると、オールマイトさんは「思い切ったね!」とアメリカンに笑う。
というか、いつまでその格好でいる気だ。貴重な活動時間を消費するな、の意を込めて、軽く睨んでおいた。
「彼女はなんて?」
「気合いを入れたらああなった、と」
「ははあ……」
気合い、なんてもんじゃない。
先ほど急かすようにして再現させてみたが、あれは確かに殺気だった。
それも、仮にもプロヒーローである自分が思わず距離を取るほどの。
個性を発現させた眼で睨んでも、彼女から発せられる圧迫感は消えなかった。
つまり、あれは雨宮の個性によるものではない。純粋な、彼女自身から発せられた殺気なのだ。
入学時の個性届に記された彼女の個性は、“振動”。入試の実技試験で市街地を丸ごと葬り去ったアレだ。
先ほどまで行っていた個性把握テストでは、彼女が個性を使用している様子はなかった。まあ、使いどころがなかったのかもしれない。
基礎能力だけでよくもまぁあんな数値を叩き出すものだと感心する。
雨宮真咲。1-Aの……俺の、生徒。
瞬き一つの間に殺気が霧散した後の、どこか呆れたような表情が焼き付いて離れない。
思い返していると、どこか遠くを見ていたオールマイトさんが、ぽつりと呟いた。
「……先輩と同じだなぁ」
「は?」
「あ、いや、なんでもないよ! 気にしないで!」
HAHAHA、と再びアメリカンな笑いを残し、では私はこれで!と去っていく巨体。
何となく目で追ってから、自分もまた、足を踏み出した。
どうでもいいが生徒に見つかるなよ、面倒だから。