それは突然の出来事だった。



「やあ、リオン」

「えっクロロ?」



コーポの共有部であるリビング。トーイチの淹れた珈琲でアケミとおやつタイムをしていたときのこと。他にスコッチ、アイリッシュがそれぞれくつろぐ時間帯。にこりと人当たりの良い笑顔で現れた男に、呼ばれたリオンは思わず腰を浮かせた。

クロロ=ルシルフル。世間を騒がす幻影旅団の頭である彼は、犯罪臭など微塵も感じさせない雰囲気で部屋の入り口に佇んでいた。知り合いには違いないので、「急にどうしたの」と改めて問いかける。
部屋にいる他の人たちは、客人かぁくらいの視線を投げかけていた。



「おや、お客人。折角だし、珈琲を淹れようか」



微笑んで立ち上がったのは、入り口に一番近い位置にいたトーイチだった。
にこりと笑いかけた彼に、クロロも笑い返す。

次の、瞬間。



「っ、な……ッ!?」



リオンから見えていたトーイチの背。そこから、鋭い刃物が顔を出した。瞬時に赤く染まるシャツ。
刺された。誰に。クロロに。
認識するより早く、リオンは叫ぶ。



「緊急退避!!!!!」



ぎょっとした顔の室内メンバーは、状況を把握するとその顔を険しくした。当たり前だ。真っ正面からの襲撃。

コーポでは日頃から、万が一の緊急事態に備え、いくつかのパターンを話し合っていた。その中で最大にして唯一の決まりごとは一つ、緊急時はリオンの号令に従うこと。



「ヒロミツさんっ、アケミさんを! 二階へ!!」



そうリオンが叫んだとき、タイミング悪くガチャリと開いたドア。その向こうには、ヒロキがきょとりと瞬きながら立っていた。



「え……あの……?」

「っ、アイリッシュ!!!」

「坊主来いッ!」



瞬時に動いたアイリッシュが、訳が分からないといった顔のヒロキを抱き抱える。リオンの号令と共に動き出していたヒロミツも、アケミを背後に庇うように立ち位置を変えていた。その彼ら全員を背後に、リオンは最前線の壁となった。
逃げ口は、たった今ヒロキが顔を見せたドア一つ。だが、背中を見せたらその場でクロロの魔の手が襲うだろう。そもそも、彼が一人とは限らない。気付かない内に、コーポは旅団に囲まれているかもしれないのだ。油断はできない。

じり。間合いを測るリオンに対し、クロロは余裕の表情を崩さない。



「クロロ……どういうつもり?」



キッと睨みつけられたクロロは、口角を上げて応えた。
返事は期待できないと悟ったリオンが、目線だけで背後の彼らに避難を呼び掛ける。 



「リオン……!」

「いいからっ! 早く!!!」



「遅い」



はっと息を飲んだ時には、クロロはリオンの背後を取っていた。一瞬の隙。彼の手には、いつの間にかナイフではなく、一丁の拳銃が握られている。
彼が、飛び道具?
疑問に思うより早く振り向いたリオンの眼前に、突きつけられた銃口。住人たちが強い焦りを滲ませてその名を呼ぶ。それでも、クロロに対して動こうとしないのは、ひとえに日頃からリオンが強く言い聞かせているからだろう。
死神ハンターには決して挑まないこと。なぜなら、絶対に勝てないから。
半信半疑だったであろうコーポの住人たちも、クロロの殺気を前にしては、震える身体を押さえることができない。

そう。それでいい。万一の時は逃げることだけ考えるように、再三言い聞かせてきた。
銃口から決して目を逸らすことなく、静かにオーラを練りながら、リオンは正面の男を睨みつける。



「目的は何?」

「目的?」



繰り返して表情を消したクロロに、リオンは己の額から流れる冷や汗を感じた。
怖い。本能が叫ぶ。



「目的は──」



クロロの指が引き金を引く。
その動きが、ひどくゆっくりと見えた。



「────避難訓練だ」

「は?」



パァンッ。

軽快な音と共に飛び出たのは鉛でもなんでもなく、色とりどりのリボンや紙吹雪。その真ん中には「命大事に」と書かれた垂れ幕が揺れている。
一転して笑顔を浮かべた旅団の頭目は、何事もなかったように踵を返した。



「……はぁ!? えっ、ちょっ、クロロ?!」



どういうこと!?とパニックに陥るリオンと同じく、住人たちも困惑を隠せない。
先ほどまで苦しいほどに充満していた殺気は一瞬で消え失せ、室内には何ともいえない空気が漂っていた。どうやら危険は消えたらしい。そう感じるものの、果たして本当にそうなのだろうか。真偽が掴めず、互いに顔を見合わせることしかできない。



「避難訓練、って……でも、トーイチさん、がっ!?」



刺されたはず。
慌てて振り返った彼女の目に飛び込んできたのは、腹部を赤く染めながらもにこやかに立ち、ピンピンした様子でこちらに手を振るトーイチの姿だった。ぎょっとしたのはリオンだけではない。嘘だろ、と呟いたのはアイリッシュだ。

今日、この時間、珈琲でもどうかと声を掛けてきたのはトーイチだった。入り口に一番近い席に座ったのも彼。出入り口に一番近いため、最初に来客対応をするのは必然的に彼になる。
彼は凄腕のマジシャンだ。つまり、貫通トリックとか、出来ないわけがない訳で。状況証拠は充分。そこから答えを考えるのは、名探偵でなくても容易なことだろう。



「グルなの……ッ!?」



顔を合わせてはっはっはと笑うクロロとトーイチに、リオンはがっくりとうなだれることしかできない。そんな彼女の様子に、どうやら本当に大丈夫そうだと判断したアイリッシュがヒロキを下ろす。未だ目を白黒させていた彼は、戸惑いながらも果敢にトーイチへ向き合った。



「盗一さん、怪我したの……?」

「まさか。血糊だよ」



パチンとウインクしたトーイチのセリフだが、全く持ってウインクで言うことではなかった。



「改めて聞くけど……何ですって?」

「今日は四月一日エイプリルフールだからね。避難訓練だよ」

「全然つながらない……!」



地団駄を踏む勢いのリオンの背後で、「あ、そうか」と呟いたのはヒロミツだった。
声に出たのは無意識だったのか、室内の視線を集めた彼は居心地悪そうに身動ぎする。視線で促されて、渋々口を開く。



「ドッキリも兼ねてるのか、って……」

「そうだよ。ドッキリ避難訓練だから」

「聞いたことないんですけど!? 誰の発案なの?!」

「「ヒソカのお母さんオーナー」」



床に崩れ落ちたリオンは、暫く起きあがることができなかった。



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