「リオン」
「あれ、イルミ。コーポに来るの珍しいね」
とある昼下がり。コーポ、Venit DC931の前に来たところで、イルミは訪ね人であるリオンと遭遇した。
買い物帰りらしい彼女の手には、スーパーの袋がぶら下がっている。隣をちょこちょこ歩いていた少年が、怯えたように二人を窺っていた。
「ヒロキくん、先入ってて」
慌てて頷いたヒロキと呼ばれた少年は、足早にコーポのドアの向こうへと消える。
それを何となしに眺めながら、イルミは聞く人が聞けば不満そうな声音で呟いた。
「仕事じゃないんだし、誰彼構わず危害を加えたりしないのに」
「うちの人たち、イルミやヒソカのこと死神だと思ってるからねぇ」
「その設定まだ生きてるんだ」
感心したように零すイルミに、リオンは苦笑を浮かべて頷いてみせる。
思い返せば、初めはそうではなかった。一体どこでそうなってしまったのか、リオンたちが暮らすこの世界は、コーポの住人たちからは死後の世界、あの世と思われている。もちろん、冗談半分の人もいれば、割と本気で信じている人もいる。
一人目、は、まだ良かった。何人目くらいからだろう。遠い目をするリオンは、気を取り直して目の前の男に声を掛けた。
「それで、どうしたの?」
「ああ、別に。夜こっちで仕事だから、顔でも見ようかと思って」
「……イルミ、私を(萌え)殺しに来たの?」
深い溜め息とともにリオンが呟いた言葉に、
この人こういうとこあるんだよな、との彼女の心の声も知らず、無表情の猫目が彼女を見た。
「そういう依頼は来てないけど。ターゲットは別だよ」
「そう……まあ、ありがとう?」
「どういたしまして?」
お互いに首を傾げたままだが、とりあえず来訪目的は判明した。イルミは本当に、仕事のついでに顔を見に来ただけらしい。珍しいが、絶対にない、こともない。その程度には知り合いだった。
「この間あいつが言ってた人、来たの?」
「あぁ、うん。来たよ」
このコーポの住人は全員、この世界の人間ではない。念の力で世界を越えたヒソカの師匠、つまりこのコーポの
コーポvenitDC931。
新しくコーポに入った住人は、ヒソカの情報どおり女性だったようだ。
「めっちゃ大怪我しててビビったけどね……」
「へえ。どんなタイミングで拉致したんだろ」
「拉致って。保護でしょ」
「誘拐じゃないの?」
「ないよ!……たぶん」
慌てて言い返したリオンだが、あながち否定できない、と思い出して苦虫を噛み潰したような表情になった。
何せ、こちらに来る全員が、己の身に起こったことを理解できていないのだ。つまり、説明されていない。某かの、恐らく命の危険のあるタイミングで救済されているのだろうが、本人にその自覚がないまま連れてきているのだ。しかもアフターフォローもほぼない。リオンに丸投げされているこの現状は、拉致や誘拐と言われても仕方がないのかもしれない。
「リオンも大変だね」
「うーん、まぁ、割と楽しいからいいんだけど。でもやっぱ説明くらいはしてから連れてきて欲しいかなぁ」
苦笑して告げると、イルミは相変わらずの無表情のままで首を傾げた。
「惚れた弱みってやつ?」
「惚っ……れて、は、いる、けど……」
直球で言わないで、と零すリオンの頬は僅かに赤く上気する。
彼女が誰に気があるのか。イルミはもちろん、本人にも筒抜けなのは周知の事実だった。むしろそれを利用され、コーポの管理を任されているというのもある。
「リオンってボクのこと大好きだよねぇ」とは、彼女がいないときの奴の台詞である。イルミは思い出して、脳内で一発ぶん殴っておいた。
「まあいいけど。都合のいい女にならないことだね」
「それは大丈夫。そういう人じゃないし」
笑顔で答えたリオンに、イルミは感心して瞬いた。
あの変態奇術師のどこをそんなに信用しているのか、都合よく利用されてポイッとされることは想定していないらしい。
ヒソカ、といえば。良い意味でも悪い意味でも有名な男である。むしろ圧倒的に悪い意味の方が多い。
その見た目と派手な戦闘スタイルから、変態、戦闘狂などの呼び名が浸透し、如何にも手に負えないタイプに思われるが、付き合ってみると割と常識が通用する男でもある。
ひとえに彼を育てた母である師匠の努力の賜物だが、世間には知られていない一面だ。そもそも、知ろうと思って関わらない限り知ることのない側面でもある。
ヒソカの名に怯えず、しっかりと向き合ってその側面を知っている。それだけでも奴に気に入られるには十分な上に、リオンは力量のある成長途中の“青い果実”。何より母である師匠の存在を尊敬し、仲がいいのが大きい。
何でくっつかないのかな、とは、イルミが常々思っている疑問であった。
「ま、時間の問題か」
己の疑問に己で答えを出したイルミの呟きに、目の前の彼女は不思議そうに聞き返すのだった。