イライラが溜まっていた。
そりゃあね? 実力的にはイーブンかなって自負はありますけどね?
「セレナ、よろしくな!」の電話一本で私がやらなきゃいけなくなったってとこがムカつくんですよ……!
できるだろ?って。できますけど!?
何でかなぁ、普段なら何てことないのに。女の子の日が近いのか?
「おかえり、セレナ」
リビングのドアをくぐって早々、赤井さんの出迎えを受ける。
ソファーに座っていた赤井さんは、こちらを見て少し眉を寄せた。
さっと近づいてきて、無言のまま抱き寄せられる。
「何?」
「いや。抱き締めたくなったんだ」
「……急に?」
「あぁ、急に」
なんでだ、とか、そもそも何故平然とリビングにいるんだとか、今はそういう突っ込みをする気力も沸かない。
……そんなに、イライラが顔に出ていたかなぁ。ちょっと反省。
鍛えられた胸板に頬をつけ、じっと身動きせずにいる。
そっと目を閉じると、世界は温もりと鼓動だけ。じんわりと伝わってくる彼の熱が、固まった心と体を溶かすようだ。
大きな手で頭をぽんぽんと撫でられたので、ぐり、と擦り寄せてみた。
そうしたらまた撫でられる。
しばらく、無言の空間だった。
「……おなかすいた」
「あぁ。ヒソカが菓子を焼いていたぞ」
「飲み物淹れてくる」
もう一度ぽんぽん。離れる合図。
私の目をのぞき込んでからゆっくり離れた赤井さんは、そのまま元いたソファーへと戻っていった。
その後ろ姿を目で追って、キッチンへ。
流しに手をついて、ふぅ、と一息。
淹れた紅茶の温かさにつられるように、先ほどの温もりを思い出してしまう。
一目見て気付かれるくらいには顔に出てたんだよなぁと情けなく感じて、ふと、先ほどまでのイライラが消えていることに気付いた。
気付いた瞬間からまた少し沸き上がったが、これは……。
浮かんだ仮説を確かめるべく、湯気を立てるマグカップを携えてリビングへと戻った。
ソファーに腰掛ける赤井さんを、じっと見つめていると、気付いた赤井さんがこちらを見やる。
しばらく見つめ合った後、赤井さんはふっと笑って、ゆっくりと腕を広げた。
「おいで」
少し目を細めながら、甘く低い声が私を誘う。
思わず一歩踏み出したわ。どんな吸引力だ。
誘われるままに、隣に座って遠慮なく抱きつく。いい子とでも言わんばかりに喉を撫でられ、つい「ん」と声が漏れた。くそう。
見上げた先の翡翠はひどく楽しそうで、私の喉をくすぐった指先は、次いで顎を持ち上げる。
そのまま、降ってきた唇を甘受した。
「……やっぱり」
「どうした?」
「秀一くん、癒し効果あるわ……」
大発見だ。
柔らかな翡翠の眼差しが、頑なな自分を溶かしてくれる。
触れた部分から生まれる熱が、穏やかに優しく心を包む。
「お疲れのセレナには、もっと癒しが必要かな?」
「……ん」
素直に強請れば、笑いながら優しいキスが降ってくる。
そのたびに一つ、また一つ、思考が赤井さんで埋まるのだ。他には何も考えなくてもいいって、言ってくれているみたいに。
擦り寄ると、赤井さんは喉で笑って、そっと抱き締め返してくれた。