「花見に行かないか」
赤井さんがそう口を開いたのは、二人での夕飯の後だった。
ヒソカは向こうでイルミと仕事で、快斗は寺井さんの店。二人だと食べに出ることが多いんだけど、今日は家で作りましたよ。
それにしても、花見。花見かぁ。
「今から?」
「あぁ。夜桜だな」
「いいけど……まだ咲いてる?」
家の近所の桜を思い出すが、もう葉桜だった気がする。
どこかいいところでも知ってるのかな?
花見に異論はないので、じゃあ行こっかと立ち上がる。
財布に携帯だけ。赤井さんは何か袋を持ってたけど、お互い軽い荷物なことに変わりはない。
てっきり車かと思ったが、どうやら歩きらしい。珍しいなぁ。
「夜でもそこそこ暖かいか」
「今日は風もないしね」
とはいえ時間も遅いので、出歩いている人はあまりいない。
他愛のない会話を交わしながら外灯の灯りの中をしばらく歩く。着いた先は河川敷だった。
「おー。結構まだ咲いてるんだね」
もこもこした薄桃の花が、ふわりと揺れる。ところどころ新緑の芽が混じる木もあるが、それはそれで綺麗だ。
特別ライトアップがされているわけではないが、私も赤井さんも夜目が利くので問題ない。
……いや、赤井さんがどれくらい見えてるのか知らないけど。でも、ここへ連れてきたんだから、ある程度は見えてるんだよね?
木の根本に腰を下ろした赤井さんに来い来いと手招きされる。
よく見ると、いつの間にかシートが敷かれていた。よくあるタイプのピクニックシートだ。
いつの間に……というかどこから……。
「随分と準備いいね」
「もちろん。抜かりは無いさ」
クッと口の端を上げた赤井さんは、持っていた袋から缶ビールを取り出した。
それからおつまみも。
おお……結構きっちり花見するつもりなんだね……?
見るだけかと思っていたが、楽しむ気満々のようだ。いつコンビニ行ってたの。
妙に感心していたら、缶ビールを一本手渡された。
「……赤井さん」
「なんだ」
「私、いくつか知ってる?」
「さぁ……そういえば聞いたことがないな。聞いた方がいいか?」
あ、やっぱいいです聞かないで。
そりゃあ私、ヒソカのお母さん(仮)とかやってますから、それなりには、ね?
それなりには生きてますけど、ね?
今は女子高生なんですけどー!とは思いつつ、飲めるのは事実。
釈然としないまま、缶を缶にぶつけた。
「「乾杯」」
喉を潤した後は、つまみを頬張りつつ、缶ビール片手に夜桜を堪能する。
時折吹く風に揺られ、ひらりひらりと花が舞った。綺麗ねぇ。
「セレナとここに来れて良かった」
不意に聞こえた台詞に、見上げていた視線を隣に移す。
赤井さんの目は桜を見上げたままだった。
「一緒に桜が見れて、良かった」
そう言って、こちらへと視線を流す。
月明かりの下、翡翠の瞳が優しく細まった。
「来年も、一緒に見てくれると嬉しいんだが」
「……来年だけでいいの?」
「願ってもいいのなら、その先も」
答えず、缶ビールに口を付けた。
うーん、苦い。
「来年は快斗とヒソカも誘おうね」
「いいな。家族で花見か」
「家族って……」
苦笑する私なんて気にもとめず、赤井さんは楽しそうだ。
……ま、いっか。
貴方がその気なら、なんて。
そのまま二人、静かに揺れる桜を見上げる。
「こういう、夜桜もいいけどさぁ」
「うん?」
「何の気負いもなく、穏やかな日光の下でのお花見も、したいな」
赤井さんが赤井さんとして、命を狙われる心配なんかせず、組織のことなど考えることもなく、穏やかな時間を過ごせるように。
すべてを終わらせて、平和な世界で。
そのためには、早くあの組織を何とかしないと、ね?
「……努力を、約束しよう」
「ん。約束だよ?」
「ああ。約束だ」
差し出された小指に小指を絡める。どちらからともなく笑いがこぼれた。
あーあ。
ただの缶ビールなのに、まだ一缶目なのに、頬が熱い。
胸が、熱い。
困ったなぁ、もう酔ってんのかな。