目が覚めたら、隣にエキゾチックビューティーが寝ていた。
……待って?
なんで美女が上半身裸で寝てるの?
状況を把握できない私が固まる前で、彼女は瞼を震わせた。あ、睫毛ながーい……。
「セレナ……ッ、!?」
ぼんやりと私の名を呼んだのは、見た目に違わず高くて綺麗な声だ。寝起きだからか少し掠れてセクシー!
美女は自分の声に驚いたように息を呑み、がばりと起きあがる。豊かなお胸が全開だ。何カップかな?
……と現実逃避はこれくらいにして。
なんかデジャブだなこれ、と思いつつ、近くにあったTシャツを押しつけた。
「とりあえず上を着よう赤井さん!」
確認するまでもない。この美女、赤井さんだよ!
幼児化したことはあるが、女体化は初めてのパターンだ。
不思議現象に慣れてきたことに遠い目をしていると、Tシャツを着用した赤井さんは興味深げに自分の体を観察していた。
ああ、貴方も慣れてしまったのね……ごめんよ……。
「ご感想は?」
「なんというか、こう……落ち着かない」
もぞりと座り直す。股間がスースーするとか、そういうことらしい。
たっぷり十秒かけた長い溜め息で自分を落ち着かせ、改めて目の前の美女を見た。
長い睫毛が縁取る目元、煌めくエメラルドグリーン。肌はどういうことだと問いかけたいくらいきめ細やかだ。どういうことだすっぴんだろ?!
長い黒髪がシーツに流れる画が扇情的で困る。
「どこか痛いとか、動かしにくいとかはない?」
「痛みはないが……」
少し動いてみよう、と立ち上がった赤井さん(美女)。
先ほど押しつけたTシャツは元々赤井さん(男)が着ていたものなので、今の赤井さん(美女)にはサイズが大きい。
ええ、つまりですね……
「エッロい……」
彼シャツの出来上がりなんですよね……!
だぼっとしたシャツから見える生脚がセクシーすぎてやばい。
思わず半目で呟いた私を見て笑った赤井さんは、屈伸したり腕を伸ばしたりと体の動きを確認している。
「おじさんの脚だぞ?」
「今はおじさんじゃないし……というか秀一くんおじさんじゃないし……」
「そうか、ありがとう」
何でお礼を言われたのかよく分からないが、まあいいや。
とりあえず体に異常はない──いや異常はあるんだけど……動きの制限などがないことが確認できたので、部屋を出ることにした。お腹も空いたしね。
「おはようセレナ」
「ああヒソカ、おはよ」
「おはよう」
「シューイチ? 随分可愛くなったね」
すれ違いに挨拶したヒソカの肩をガッと掴んだ。
こいつ、驚かないのはポーカーフェイスだとしても、にんまりと笑いやがった……!
犯人はお前だ! 真実はいつもひとぉおおつ!
そのまま手に力を込めると、奴は「痛い痛い」と言いながらも笑みを絶やさない。
「どっちが飲むかなァって思ってたんだけど、シューイチが飲んだんだね」
「飲んだ……? あぁ、あのビール」
「何それ?」
私には思い当たらなかったので、話を聞いてみる。
赤井さん曰く、昨夜、ベッドサイドに見慣れない柄の缶ビールが一本置いてあったと。
それを飲んだと。
「やめてよそんな怪しいの飲むの……!」
ヒソカが悪戯で置いた性転換効果のあるビールだったらしい。なんだそのニッチな品は!
副作用がないことは確認済みとの台詞に眉が寄る。
「それ、どうやって確認したの」
「ちゃんと自分で飲んだよ?」
ほら、と見せられた写真には、美女が二人写っていた。
満面の笑顔だがどこか嘘臭い……これヒソカだな……隣には澄まし顔でピースをする……イルミかコレ!?
ちょっ、なんでそんな面白いことしてるときに呼ばないの! 生で見せろよ!
赤井さんも感心して覗き込んでくるものだから、ヒソカが「結構カワイイでしょ?」と得意げにニンマリする。
そこで、はっとした。
「快斗にもやったんじゃないでしょうね?!」
「まさか。カイトは未成年だろう?」
お酒はダメじゃないか、とこちらを咎めるような声を出すヒソカにジト目を向ける。
人に黙って性転換薬を飲ますのはいいのか……?
ヒソカの中のやって良いことと悪いことの基準が分からない……。
「ボクにだって常識くらいあるよ?」
「嘘くさい……」
「えー、心外だなァ」
表情と声音、台詞が一致していないにも程がある。
呆れながらも詳しく話を聞いていくと、このビールによる性転換効果は24時間が限度だという。昨夜飲んだとすると、今夜までくらいか。
それにしても、ヒソカもヒソカだが、赤井さんも反省がない。そんなあからさまに怪しいものを、ホイホイと口にしないで欲しい……っ。
頼むよー、と口にすれば、同意したのはヒソカだ。
「そうだねェ。今回はジョークグッズだけど、次はどうなるか分からないから」
「させねぇよ」
ギリギリと力を強めているのに、ヒソカは相変わらず笑顔のまま。
この笑顔……まだ何かある……?
なんだ、何を企んでいる?!
「というわけで、セレナ」
「何がというわけでなのか分からないけど、なに」
「ここにもう一本あるんだけど」
語尾に星が舞っているトーンで差し出されたのは、一本の缶ビール。ラベルには「逆転」とある。怪しさ満点じゃないか……。
ハンター文字だから、赤井さんには見慣れない柄だったのだろう。その時点で止めて欲しかった。私に相談するとかさぁ!
起こってしまったことは仕方ないし、赤井さんも心なしか楽しんでいるようなのでいいとして、なぜもう一本ある?
ヒソカお前、最初から二人ともに飲ませる気だったな?
笑顔のヒソカを睨みつける私、という一方的な睨めっこに口を挟んだのは赤井さん(美女)だった。
「一日で戻るんだろう? いいじゃないか」
「赤井さん実はめっちゃ楽しんでるね……」
「滅多にない体験だからな。男になったセレナも見てみたいし……そうだ、いつもとは違うデートはどうだ?」
デート、の単語に反応してしまう自分が憎い。
赤井さん(美女)と私(男)なら、確かに、いつもとは違うデートが出来そうでワクワクしてしまう。
「……例えば?」
「すぐに具体例は浮かばないが、一つ、この状況だからこそ行ってみたいところがある」
「どこ?」
「ポアロ」
乗ったァアア!と叫んだ私に爆笑したヒソカが、プシュッとプルタブを開けた。