榎本梓は困惑していた。
ランチには遅く、カフェには早いこの時間、喫茶ポアロの客足は落ち着く。そのため、シフトが一人になる時間があるのはよくあることだった。
普段ならぼんやりと店の外を眺めたりしているのだが、今日は角の一席が気になって仕方がない。
「お待たせしました、コーヒーお二つです」
「ありがとう」
にっこり笑って礼を言われ、梓もまた笑顔を返す。
そのままカウンターに戻り……チラリと、視線を送った。
怪しい、のだ。
人気も疎らな時間に来店した二人組。
一人は知った顔だったが、その連れがとんでもなく怪しかった。
物語に出てくる旅人のような風体で、頭からスッポリとフードを被った人。
恐らく、男性。
表情は見えないし、口数は少ないしで、とにかく怪しく見えたのだ。
「ここ、何でも美味しいよ。特にハムサンドが人気」
向かい合わせで座る二人組の片方が、「頼む?」と問いかける。
はっとして、声を掛けた。
「ごめんなさいヒソカさん、安室さんのシフト、夕方からなんです」
「おや、残念」
振り返った男━━ヒソカが肩を竦める。
その少し芝居がかった仕草に、梓は思い切って口を開いた。
「あの、そちらのお客様は初めてのご来店ですよね? ヒソカさんのお知り合いの方ですか?」
「ウン。ボクの、というか、セレナの知り合いでね」
「セレナちゃんの?」
思わず疑うような声になってしまい、流石に不躾かと慌てて頭を下げる。
そんな梓の頭上から、ヒソカの笑い声が降りかかった。
「こう見えても古くからの知り合いなんだ。セレナとも仲良しだよ?」
「……おい」
「間違ってないでしょ?」
ようやく口を開いた男の声につられて、改めてその容姿を目に映す。
辛うじて見える口元には無精髭。年は、ヒソカより上に感じる。女子高生と仲が良いとは、とても思えなかった。
え、まさか、援助……とか……そういうのじゃないよね……?
想像にサッと顔色を悪くしたとき、ドアベルが鳴った。
「ヒソカ!」
渦中の女子高生の登場に、梓は目を丸くした。
私服のJKは顔に怒りを浮かべて、テーブル席へと歩み寄る。
「セレナ」
「やぁ」
男二人の視線を浴びたJKーーセレナは、片眉をピクリと上げてみせた。
「勝手に連れ出さないでよ、探したでしょ!」
「ちゃんと、ポアロだよって連絡したよ?」
「こんな怪しい奴を連れ歩かないでって言ってるの!」
「怪しいってなんだよ。お前の言うとおりこっちでは上着羽織ってんだろ」
「それ山とか目立ちたくない現場で羽織るやつでしょーが!」
目の前で繰り広げられる親しげな遣り取りに、梓の目はますます丸くなる。
仲良しっていうのは本当なんだ、と感心の息を吐いた。
「そういやこの間のあれ、さっき振り込んどいた」
「さっき?」
「銀行寄ったんだよ」
「こっちでか……」
この間の!?あれ?!振り込み!?と固まる梓を余所に、ぽんぽんと気安げな会話は続いていく。
まぁ座れよ、と怪しい男に言われたセレナは、ぶつぶつ言いながらも男の隣に腰掛けた。
あ、そこなんだ。思っても梓は口には出さなかった。
セレナがしっかりと着席したことを確かめて、テーブルへと歩み寄る。
「セレナちゃん、いらっしゃい」
「梓さん、お騒がせしてすみません」
「いいえ〜。セレナちゃんのお知り合いだったんだね。あ、セレナちゃんもコーヒー?」
「んー、と、カフェオレお願いします」
「はぁい」
注文をとってカウンターの内へと戻ると、三人はまた会話を再開させた。
どういう知り合いの組み合わせなのか気にはなるが、そこはお客様のプライバシー。一従業員である梓が踏み入るべきではない。
「おまえ、いつも寝起きコーヒーだろ?」
「今はカフェオレの気分なんだよ。ヒソカとジン、コーヒーだけ?」
「ハムサンド食べたかったんだけどね。安室サンいないんだって」
踏み入るべきでは、ない……と、思う。
……え、援助、交……とかじゃなければ……!
いつも、寝起き、の単語に、違うよね?と三人の様子をチラ見して、仲良さげな雰囲気に違うよね!と視線を戻す。
安室さんなら調べちゃったりして〜なんて考えながら、カフェオレを淹れるべく手を動かした。
〈その夜〉
「ーーってことがあったんですよ!」
「へえ……まあセレナさんに限って、大丈夫とは思いますが。そんなに怪しい人だったんですか?」
「まあ……仲良いのは本当みたいだったんですけどね。歳は離れてるみたいだったんですけど、名前とかお互い呼び捨てだったし。ジン、って」
「!?(ジン!?)」