(快斗視点)

俺が、悪かったんだ。

説得に説得を重ねて連れてきてもらった、セレナとヒソカの世界。
いつか話に聞いた天空闘技場のスタンド席で、「絶対に一人で動かない」という約束を破ったのは自分だ。
ヒソカは受付へ、セレナは電話が掛かってきて━━残された俺と赤井さんは、大人しく座っていたんだけど。
ちょっと喉が乾いたからって、「売店に行ってくる」と言い残して立ち歩いたのがいけなかった。

何者かに襲われ呆気なく意識を手放した俺と、心配で追いかけてきた赤井さん。
揃って暗い路地裏で目を覚ました俺たちの前には、低く笑う男たちの姿があった。



「こいつらか?」

「あぁ、間違いねえ。あの女の身内だ」



あの女、って、セレナのこと?
隣の赤井さんも、警戒を露わに眼前を睨みつけている。



「見ろよアレ。揃いで指輪まで付けてんだ、相当お気に入りだぜ」



男の一人が、にやりと笑って俺たちの手元を見る。
確かに今、俺と赤井さんの指にはお揃いの指輪がある。俺たちだけじゃなくて、セレナとヒソカもお揃いだ。

お守りだって、言ってた。



「俺たちに何の用だ?」



立ち上がった赤井さんが鋭く声を掛ける。
ちらりとこちらを見た一人の男が、さも楽しげに口角を上げた。



「別にお前らに用はねぇよ」

「何?」

「用があるのは、あの女━━ゴッドマザーと、ピエロさ!」



言い終わると同時に、風を感じた。



「……?」



首を傾げようとして、できなかった。
体が動かない。まるで石にでもなってしまったかのように、ぴくりとも動かない。
なに、なにが?

動けないのは俺だけじゃなくて、どうやら赤井さんもそうらしい。



「で、どーすんの?」

「とりあえず、こいつら餌にして呼び出すだろ」

「どっちかって通りにでも置いとくかぁ?」

「おっ、いいねー!」



聞こえる会話にぞっとする。

ここは、俺たちの知る世界とは違う世界。
セレナたちのような力を持つ人が多くいるのだとは聞いていた。
体が動かないのも、多分、あの男たちの内の誰かの力なのだろう。
聞いていたけど━━その力が自分たちに襲いかかるということを、正しく理解できていなかった。

俺が━━約束を、破った、から。



「快、斗っ」

「おっと、オニーサン大人しくしてろよ」

「ッ!」



体を無理矢理捻って動こうとした赤井さんが、男の一人に押さえつけられた。
地面に縫いつけられ、それでも必死に顔を上げる。



「おい、しっかり押さえとけ」

「うるせえな、二人同時にやんのしんどいんだよ」

「じゃ、まぁ━━ガキの方から殺っとくかァ!」



男の一人が持っていた大きなナイフが、振りかぶられる。
動けない。動かない。

突き立てられたナイフ。



「っ快斗ぉおおおッ!」



赤井さんの絶叫が鼓膜に響いて、俺は来るべく苦痛に歯を食いしばった。
……ん、だけど。



「……あれ?」



痛く、ない。
パリン、と、何かが割れる音がした。



「おい! 何やってんだ!」

「ちげぇよ! 今……っ、指輪!? その指輪か!?」

「っ、痛っ」



ぐいっと腕を引かれ、声がこぼれた。さっきまで動かせなかった体が、今は少し動く。
そのことに気付いたのは俺だけじゃない。「ぐふ!」とくぐもった音がしたかと思ったら、男の拘束を抜けた赤井さんがこちらへ駆け寄ってきた。



「快斗!」

「赤井さんっ」



赤井さんの繰り出した拳を受けて、俺の腕を掴んでいた男がよろめいて後ずさる。



「怪我は……!?」

「大丈夫!」

「一体、何が……」



混乱する俺たちの視線は、壊れて地面に転がった指輪に向けられる。
セレナは、お守りだって言ってた。
これって、ひょっとして、



「攻撃を、代わりに受けたくれた……?」



原理は分からないけど、ナイフで刺された俺の身代わりに壊れたとみて、間違いないと思う。
壊れちゃったから、効果は一回なのだろう。



「っは、過保護なことで……だがなぁ!たった一回防げただけだろうが!」



そうだ。状況は変わらない。
俺の指輪は壊れてしまった。赤井さんはまだ一回、攻撃を防げるかもしれない、けど。

俺たちが圧倒的ピンチだってことには変わりがない。



「コケにしやがって……!気が変わったぜ、二人ともぶっ殺してやる!」

「一回防げるだけで何が変わるってんだ、アァ!?」



「一回防げたら十分よ」



聞こえた声に、俺の涙腺は呆気なく崩壊した。
視界が滲む。情けない、なんて思う余裕もなかった。



「ボクたちが駆けつけるには、十分すぎる時間だよねぇ」

「ゴッドマザーにヒソカ!?」

「な、なんで、どうしてここに!?」



男たちの驚愕に満ちた疑問には答えずにいる二人の表情は、見えない。
でも、どことなく、不機嫌そうな感じは伝わってくる。



「まだあの名前生きてんの……」

「いいじゃないか。カッコイイよ?」



はぁ、と溜め息を吐いたセレナの目が、真っ直ぐこちらを見た。
涙の膜越しに、見つめる瞳と視線が絡まる。



「……さて」



パリッと。
空気が震えた、気がした。



「うちの子に手ぇ出してタダで済むと思うなよ、雑魚共が」

「口が悪いよセレナ。ま、同感だけど」



━━そのあと。

文字通り一瞬で片を付けたセレナとヒソカ。
泣き出す寸前といった顔で俺と赤井さんを抱き締めたセレナの口から、「バカ」と一言で怒られた。。

あの指輪はやっぱり、受けた攻撃を一回だけ相殺してくれるという力が宿ったものだったらしい。赤井さんとセレナ、俺とヒソカの指輪がペアで、どちらかが壊れるとペアの指輪も壊れる。そして、相手の元へと飛ぶことができるのだという。



「ヒソカの指輪が壊れて……もう……気が気じゃなかった……」

「セレナ……ごめん」

「ほんとだよ……赤井さんもだからね。私、怒ってるんだから」

「あぁ。すまない」



ほんとに分かってんのかな、とか何とかぶつぶつ言いながら、セレナは俺たちに回していた腕を解く。
離れた温もりがなんだか寂しくて、つい、セレナの手を取ってしまう。
きょとんとした顔で、彼女が俺を見た。



「本当に、勝手に動いてごめん」



ヒソカも、と振り返ったら、ニコリと笑って手を振られた。
目が細まってる。



「あと……助けてくれて、ありがとう」



セレナは俺のヒーローだ。

我ながらちょっと子どもっぽいこと言ったかなと思ったけど、呆気にとられたようなセレナの表情が何だか可笑しくて。
沸々と沸き上がる、むずむずする胸の疼きに、たまらなくなって抱きついた。



「セレナ! 好き!」



もちろん、友達としてね。
俺がぎゅっと抱き締められるくらいの女の子なのに、あの男たちを軽く倒してしまえる力がある。
改めて考えると、俺、すごい人たちと一緒にいるんだなぁ。

これからもよろしくね、と耳元で呟けば、はいはいと背中を撫でられた。
……へへっ。



「ライバルが増えたね、シューイチ?」

「……引き離しにくいな……」



あ、ごめん!
慌てて離れた俺を、セレナが不思議そうに見ていた。



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