※蛭魔さんが最初から女の子
※男主(先輩)は最京大学現役QB



「どうすんだ、これ……」



目の前に広げられた惨状とも呼ぶべき服の山を眺め、蛭魔は絶望の声音で呟いた。
こんもり。
家中の服を引っ張り出してきたものの、黒、黒、黒、黒しかない。
元々、黒が好きだ。似合うとも思っている。
だが、これはどうだ。我が家にはこれほどまでに色がなかったか?



「どうすんだ……何を……」



黒でも、リボンやらフリルやら、何かしらあればかわいいのかもしれない。
見渡す限り、あるのは蜘蛛の巣、ドクロ、血痕ばかり。

かわいい、って、なんだ。

そこまで考えて、蛭魔はハッと顔を上げた。
そもそも、なぜ、自分はこんなに必死になって、かわいい服を探しているんだ。

なんてことはない。
先輩に、買い物に誘われただけだ。
練習中にグローブがダメになって、それで、



「あー……チッ、寿命か」

「ん? あぁ、いっぱい練習したんだね」

「っ! せ、んぱ……!」

「貸してあげたいけど、俺も今これしかなくて」

「そんな、大丈夫、です」

「蛭魔さん、いつもどこで買ってるの?」

「え、あ、おれ……わたし、は、駅前の……」

「あそこかー。蛭魔さん明日ひま?俺も予備買いたくてさ、一緒に買いに行かない?」

「! は、はい!」




ただ、買い物に誘われただけだ。
一緒に買い物に行くだけ。グローブを買いに行くだけ。それだけだ。

だから。だけど。



「何を、着てけばいいんだ……!」



ダン、と床を叩いてみても、目の前の服たちが華やかになるわけがない。

待て、よく考えろ自分。
買い物に行くだけだぞ。しかも行き先はスポーツショップだ。
どんな格好でも構わない。
構わないはずだろ。

そう考えながらも、蛭魔の指はそろそろとダイヤルボタンを押していた。



「そろそろ電話くる頃だと思ってたー!」



電話口の明るい声は、心底楽しそうに笑った。
そのテンションに若干イラッとしたが、電話をかけたのは紛れもなく自分。
教えを乞うたのも、紛れもなく自分だ。



「先輩に買い物誘われてたの見ちゃったから、絶対悩んで電話してくると思ってた!」

「うるせぇな。……いいから、どんなん着てけばいいか、なんかねぇのか」

「ねぇ、よー姐、ジーパンはあるよね?」

「あぁ、それくらいなら」

「ダメージのじゃなくて」

「あー……ある」



片手で電話を持ち、片手で服の山を掻き崩しながら会話を続ける。



「じゃあ、下はジーパンにして、上は出来るだけシンプルなヤツ! ジーパンはちょっとロールアップして足首出すこと!」

「……そんなんでいいのか?」

「いーの!よー姐綺麗系なんだし、シンプル大人目でいくの!」

「大人目ねぇ……」

「かわいいだけが勝負所じゃないよ!ふりっとしたのは似合う人と似合わない人がいるんだから!そりゃよー姐はかわいい系もイケるだろうけど、せっかく美人なんだから、そこアピールしてかなきゃだめでしょ!」



髪の毛はサイドで緩く結んで、シュシュ付けといて!
私のシュシュ、よー姐の鞄に入れといたから!

蛭魔が鞄を探ると、確かに、見覚えのないヘアアクセが入っていた。
いつの間に、と驚く蛭魔を余所に、電話の向こうからは尚も楽しそうな声が途切れない。



「でも私嬉しいなー!よー姐と恋バナできるなんてー!」

「ンな話した覚えねぇが」

「何言ってんの!デートに着て行く服に悩んで電話してきたんでしょ?立派な恋バナでしょ!」

「デッ……ト、じゃ、ねぇ!」

「デートだよ!デート!明日はその言葉遣いもちょっと控え目にね!じゃあね!楽しんでね!報告待ってるからー!」



言いたいだけ言って切れた電話を耳から外し、蛭魔は心なしか熱い頬に手を当てた。
違う。
違うんだ。



「……デート、なんかじゃ……」



たった今通話を終えたばかりの携帯が震え、蛭魔はびくりと肩を揺らした。
この振動は、メール。いや、ラインか。
大方、鈴音から先ほどまでの付け加えか。そう思ってちらりと目をやった蛭魔は、そのまま固まった。

せんぱい。

内容は明日の待ち合わせの詳細。それだけなのに、なんでこうも、心臓が早鐘を鳴らすのか。



「よー姐と恋バナできるなんてー!」




「恋、なんかじゃ……」



先輩は憧れの投手で、尊敬する存在で、だから、そんな、そんな……。
 


「……やべぇ……ガラじゃなさすぎる……」



どーしちまったんだ、俺は。
低く零して、ノロノロと立ち上がる。
服の山から、鈴音の言う、できるだけシンプルな上とやらを見つけなければならない。
何かをしていないと、頭が爆発しそうだった。

明日は、すぐそこに迫っている。



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