跡部には、目の上のたんこぶがいた。
成績優秀、容姿端麗、品行方正な前生徒会長は、まさに絵に描いたような優等生で、いつだって越えなければならない壁だった。

そう、だったのだ。あの日まで。





「跡部くん」

「会長か。何だ?」

「こちら、次の部長会の資料です。会議までにお目通しを」

「あぁ、予算会か。わかった」



受け取った資料には、会議の概要や日時、場所などが丁寧な字で記されていた。
一目で分かる。会長の字だ。



「何も、会長様自ら配り歩かなくてもいいんじゃねぇの」

「皆さん、お忙しいですから」

「はっ、その筆頭が何を言ってるんだか」



跡部が投げた台詞にニコリと笑い、彼女は「では」と踵を返した。
膝丈のスカートが上品に翻る。

ふと資料に記された日時に目が止まった跡部は、興味本位で彼女を呼び止めた。



「おい」

「はい?」

「この日、何の日か知ってるか?」



投げかけた唐突な質問。
彼女は手元の資料を見て、そして跡部を見た。



「確か……投資信託の日、でしたか?」

「……間違っちゃいねーな」



毎日、何かしらの記念日だ。10月4日は投資信託の日、間違いではない。
間違いではないのだが。



「それが何か?」

「いや……いい。呼び止めて悪かった」

「そうですか」



再び踵を返した彼女は、「あぁそうだ」と足を止めた。



「何か、欲しい物はありますか?」



誕生日でしょう、と続けられ、跡部は数度瞬いた。
続いて、ふつりと沸き上がるのは小さな怒りと呆れ。



「知ってんじゃねーかテメェ」

「あらお口の悪い」



口元を隠し、ふふ、と微笑む。
次の瞬間、彼女はニヤリと笑ったのだ。



「祝って欲しいなら最初からそう言いな、ボウヤ」



呆気にとられた。
今までに、見たことのない表情だった。挑戦的に煌めく瞳、口調、上がった口角。

「では、ご機嫌よう」軽やかな声は、右から左へと流れていった。
跡部が我に返った頃には、彼女は廊下の先を曲がったところ。




「なんつー、盛大な猫だよ……」



脳裏に焼き付いて離れない姿。
あの目、あの声、あの表情。普段とはかけ離れた印象に戸惑ったのは僅かな間だった。

越えなければならない壁だった。

越えたい、壁になった。

越えて、掴んで、掌中に収めると。



「よぉ名前、しばらくだな」

「お久しぶりですね、跡部くん」

「これでまたお前を追いかけられる」

「追いかけられる覚えはありませんが……あぁ、ご入学、おめでとうございます」



桜の下の彼女は、柔らかな笑みで告げた。
追い越さなければならない彼女だった。



「中学ではなんだかんだ逃げられた。今度こそ、テメェをモノにする」

「……君はまず、敬語をモノにしなよ」



景吾だけにね、と口角を上げる彼女こそ、跡部の追い越したい彼女なのだ。


跡部の(追い越したい)彼女



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