出会い頭に、ピンクのお団子頭の少女に言われた。
 
「銀ちゃんに協力してあげてヨ!」
「は?」
「だから、銀ちゃんの恋路の手助けをしてほしいアル!」
 コイジ?ああ、恋路か。いや、ちょっと待て。
「………なんで俺が」
「トッシー顔だけはそこそこいいし、女にモテてそうアル。女の扱い方とか上手い筈ネ。それを銀ちゃんに教えてあげてほしいアル」
 何の疑いも含まない、真っすぐな目だった。
 神楽は土方が一途で律儀な性格であることを知らない。女遊びが得意でないことは、本当に身近な人間しか知らなかった。人好きされるらしいこの外見だけで、その交友関係が派手だと誤解されやすいのだ。
 けれどそれを告げる理由もタイミングも見つからなくて、結局別のことを聞いた。しかしそれは本質的な質問であった。
「あいつ好きな女でもいんのか」
「ツッキーアル。ツッキーも銀ちゃんのこと好きネ。お互い両思いの筈なのに、二人共不器用だから中々前に進まないネ。だからお前に頼んでるアル」
「別に俺はアイツと仲良くねーぞ」
「仲の良さとか関係無いネ。それにトッシー事件のこと思い出せヨ。あの依頼料…」
 それを持ち出されると逃げ場がなくなる。仕方ない、と土方は頷いた。
「わかったわかった。協力すりゃいいんだろうが」
「やったアル!ありがとうネ!」
 気が重い。けれどそれを表に出すことはなかった。少女の笑顔が翳るのを見たくなかったからかもしれない。
 
 それから土方は自分が生活していく範囲の中で、協力出来る時があれば協力をした。かぶき町は巡回ルートに含まれていたから、それなりの確率で万事屋の主人と遭遇するのだ。そういう時に、さりげなく女の影がないか探ったり、例の女に対する気持ちを聞き出したり、そんなことをしていた。
 なるべく自然な流れで、相手に勘付かれないように。そのことに神経を集中させた。だが時折、訝しむような彼の目があって、それを見る度に肝が冷える心地がするのだった。
(見透かされているんじゃないか)
 その恐怖が付き纏って離れない。
 神楽と自分との思惑じゃない。月詠の銀時に対する恋心でもない。
 それは、ひた隠しにしてきた、誰にも知られてはいけない土方の本心。
 どんなに身近にいる人たちにも、決して明かすことはできないもの。
 元々希望を持つような楽観主義ではない。他の誰よりも現実主義者だと土方は自分で思っていた。だからこそ、こんな「モノ」は捨ててしまわなければならなかった。
 銀時に伝わってしまうその前に。
 
 
 
【その証は】
 

 
 その日土方は、ある知らせを受けた。
 門番である隊士から渡されたその紙は、真選組副長へ渡すようにという少女からの伝言付きで受け取ったものだという。
「にんむせいこう…?」
 平仮名で書かれたそれをじっと見つめる。何のことか分からず暫く悩んだ後、なんとなく万事屋の主人の顔が思い浮かんで、はっとした。
 その紙切れ一枚、捨てることもできずに、土方は机の引き出しに仕舞った。捨ててしまえば自分の気持ちを認めてしまいそうで、怖かったのだ。
 そして同日、巡回中の土方を見つけた神楽は、嬉々とした表情でこう告げた。
「二人、晴れて恋人同士ネ!お前のお陰アル!」
 少女の言葉に上手く頷けただろうかと、土方はその時思った。
 丁度二人が町中でそうした会話をしていた時に、仲良さげに(つかず離れず、といった距離だが、土方にはそう見えた)歩いている男女の姿が見えた。
「銀ちゃん!ツッキー!」
 二人の名を呼ぶ神楽の声は明るく、そして幸福に満ちている。
 手を上げて少女に返事をする銀時はどことなく居心地悪そうにしていて、それが照れからきているものだと土方には分かった。
 煙管を吸う月詠の頬も、うっすらと赤く染まっている。それ以上見ていられなくて、目を背けた。
 
ーーー二人は上手くいくアルか。
ーーーさあ、どうだろうな。でも、信頼しあってそうだし、大丈夫なんじゃねーのか。
ーーー…うん。あの二人、お似合いだもんネ。幸せになってほしいアル。
ーーーそうだな。本当にそう、なればいいな。
 
 嘘をついた。
 二人が結ばれるために。
 必要だったのだと思う。土方以外、この役割はきっと誰もできなかった。心を殺すのには慣れている。ミツバの時だってそうだった。彼女の幸せを願って、離れたのだ。
 でも。
 土方は、どうしようもなく虚しかった。思いを遂げられる筈もないのに、期待なんかしてなかった筈なのに、二人が並んで笑いあっている姿を見ると、どうしようもなく辛かった。
 何度嘘をつけば、幸せになれるんだろう。何度人を欺けば、寂しくなくなるんだろう。誰も教えてくれる筈がない。
 協力すると言って、このザマだ。彼らを引き合わせるのに了承したのは自分の意志だ。無理矢理じゃない。うだうだと未練たらしく、終わったことに拘ることは土方のプライドが許さなかった。
ーー許さなかったけれど。深い、底の知れない、闇に突き落とされたような気がするのはどうしようもなかった。
 
 妾の子だった。愛情を知らず育った自分を愛し、たった一人自分の光となってくれた人は、自分のせいで傷付いてしまった。淡い恋心を抱いた相手も、そうやって傷付けてしまうことが怖くて、自分から離れてしまった。
 自分の周りには、脆く、か弱い存在が余りにも多くて。彼らが弱る姿を見る度に、自分の居場所がないことを思い知らされるのだ。最後の最後まで自分と対等で居てくれる人間は居ないのだと。
 近藤は守るべき人だ。けれど、自分は近藤に守られるべき存在じゃない。あの人に拾われた時点で既に返しきれないほどの恩を受けたから。
 ずっと探していた。背中を預けて命を共にして戦える人を。守り守られる、強い存在を。自分を認めてくれる人間を。
 
 それが彼だったら良かったと、何度思っただろう。
 自分よりはるかに強くて、どんな人間でも受け入れる人情がある。
 そのちょっとの隙間に自分を受け入れてくれたらいいと心のどこかでずっと思っていた。口に出すことも、態度に出すこともなかった。でも時々、近藤や沖田といった自分の身近な人達がするりと自然に彼の輪に入っているのを目の当たりにして、寂寥感に苛まれることが多かった。
 ずっと独りだった。
 
 似合いの二人が寄り添うのを目にした時、きっと死ぬまで孤独なんだろうと、そう思ったのだ。

 だからその話が出てきたのも、不思議と平静でいられた。
「銀さんが結婚!?」
「そうアル。この前晴太のとこ遊び行ったら、晴太のかーちゃんがその準備に追われて大変そうだったアル」
「でもそんなこと銀さんの口から一言も聞いてないよ?僕ら…」
「銀ちゃん、きっと照れてるネ。大体自分から率先して言い出すような男じゃないアル」
「まあそれはそうだけど…。にしても、急だなあ。この前月詠さんと付き合い始めたばかりなのに」 
「とにかく、この話は銀ちゃんには秘密ネ。必死に隠してるっぽいから、銀ちゃんが自分から言い出すまで黙っといた方がいいって、日輪が言ってたアル」  
 昼休憩をファミリーレストランで過ごしていると、そんな会話が聞こえてきて、思わず聞き耳を立てた。そっと伺うと、斜め奥のテーブルに万事屋の従業員二人が座っている。
 行動範囲が被ってしまうのを今更恨んでもどうしようもない。ただ、土方にはそれほどの衝撃はなく、二人に見つからないように静かにその場を離れたのだった。
トントン拍子に事が運んでいる。いいことじゃないか。
 結婚式には呼ばれないだろうけれど、お祝い事だから素直に祝福するのが礼儀だろう。たとえ腐れ縁だとしても、縁は縁なのだから。
 その日土方は中々寝付けなかった。布団の中で何度も寝返りを打ちながら、頭の中で二人の幸せそうな姿を思い描いていた。
 
ーーーよかったな。
 
 諦めきれないこの気持ちは、一体どうしたらいいんだろうか。
 意図せず奥からじわりと出てきたそれが、閉じた瞼の縁から目尻を伝って、シーツに吸い込まれていった。
 






 断った筈だったのだ。しかし月詠は真剣な顔をして、銀時に迫った。
「一週間で良い。わっちと…その……こ、恋人同士に………」
 それでもだめなら諦めるから。まずは試してほしい。
真っ赤な顔で言われた。こうまでされてしまっては、断りにくいものがあった。たとえそれが日輪の仕組んだことであると分かっていたとしても、一生懸命な彼女を傷付けたくはなかった。
 期限は一週間。それまでに銀時が月詠に心を動かされなければ、綺麗さっぱり諦める。そういう約束だ。
 だから銀時は付き合ったことを誰にも言わなかった。ただその一週間、「恋人」である月詠と二人でいることが必然的に多くなるので、神楽や新八といった身近な人間にはすぐにばれてしまった。
 月詠は健気で、時間があれば銀時に会いにきていた。他愛もない話をしながら、嬉しそうに笑った。銀時がいつも通り怠そうに喋っているのに対し、時折頬を染めながらちらちらとこちらを伺っていた。
 何を求めているか分かっていたけれど、銀時は敢えて何も言わなかった。
 月詠が自分に対し未練を残してしまってはいけないのは分かっている。だから本当はもっとはっきりと拒否しなければならなかった。こんな風に期待を持たせるようなやり方は余計に彼女を傷付けるだけだ。
 きっと日輪にけしかけられて、こんな思い切った行動に出たであろう彼女を突き放すのは酷だけれど、きっとその方が良かったのだ。
 けれど、彼の反応が見たくて。たったそれだけの理由で、月詠の無茶苦茶な申し出を受けた。結局銀時は月詠を利用したのだ。
 好きな相手がいると、そう言えば楽だった。
 しかし、叶う筈もないそれを月詠に告げるつもりはなかった。
 ただ、恋人ができたと彼が知ったら動揺してくれるだろうかと、そんな幻想に近い、浅はかな願いを銀時は抱いてしまった。
 本人に伝える勇気もないくせに、月詠を傷付ける最低なやり方で、彼の気持ちを知ろうとしている。成就するはずもない、虚しいこの思いのやり場がほしくて。
 
 そうした狡い考えをしたせいなのか。
 約束の一週間が経とうとしたその時、日輪がとんでもない暴挙に出てしまい、銀時は慌てた。
「銀さん、今日はここから一歩も出しませんからね」
「オイオイこりゃどういう事だよ。こんなたくさんデリヘル頼んだ覚えねーんだけど」
 所用で吉原を訪れると、そのまま日輪の屋敷に閉じ込められたのだ。
 日輪の店の従業員が大勢、銀時を囲むようにして立っていた。
「ただし、この書類にサインしていただけたらここから出してあげます」
 彼女がそうして取り出したのは、婚姻届だった。
「…銀さん、月詠をこれ以上苦しめないでほしいの。一度でもあの子を受け入れたのなら、責任を取って頂戴」
 眉根を寄せて、銀時にそう詰め寄った。けれど銀時はどうしてもそれにサインすることは出来ない。月詠には悪いが、好いた相手でもない女と、紙切れ一枚で縛り付けられるのはごめんだった。どうせこの思いが叶わないのなら、ずっと独りでいるほうがマシだった。
 それに、月詠にとっても、こんな最低男は悪い影響でしかないだろう。
(早く諦めてくれりゃよかったのに…)
 自分でも無慈悲なことを思っている自覚はある。しかし、恋愛に慈悲などは必要ない。同情で結婚されても、月詠は悲しむだけだ。
 迫る日輪にどう断りを告げようか迷っていると、「何をやっている!」と大声で怒鳴る月詠の姿があった。
 誰かから騒動を聞いて駆けつけたのだろう、ハアハアと息を乱しながら、日輪に詰め寄った。
「っこんなやり方、わっちは嫌じゃ!それにこんなことをしても、銀時の気持ちは手に入らぬ」
 そうして日輪の手にあったその紙を奪い、びりりと引き裂いた。はらりと畳の上に落ちて行く。
 月詠は真っすぐな目で銀時を見つめた。
「行け、銀時」
「お前…」
「一週間、楽しかったぞ。これで茶番は仕舞いじゃ」
 彼女を唇の端を上げ、気丈に笑った。
 悪い、と一言言い残して、銀時はその場を後にした。
 後ろから、日輪が震える声で月詠に詫びているのが聞こえる。しかし銀時は振り返らなかった。
 これだけ人を振り回したのだ。どうせなら、自分の気持ちにケリをつけたかった。
  
 
 
 



 
 
 
 急いでかぶき町に戻った銀時に、運命かと思ってしまうような、そんな幸運が降り掛かった。
 顔を合わせても一週間に何度かで、遠くから見かけることも多かった。けれど今は、銀時の目の前を、すらりとした体躯の人目をひく顔をした男が通ったのだ。
非番なのだろう、着流し姿で一人で歩いているのを銀時は後ろから腕を掴んで引きずるようにして近くの河川敷まで連れて行った。
「オイ!テメー何する気だ!」
 散々怒鳴りながらも、意外に土方は素直について来た。
 河川敷に座らせると、その隣に腰を下ろした。逃げる気配はない。
「ちょっと話しようぜ」
「………」
 土方は黙って前を向いたままだ。手に汗が滲んでいる。馬鹿みたいに緊張していた。勢いでこんなところに連れて来たけれど、一体何から言えばいいのか分からない。
 話をしようと言い出したのはいいものの、それ以上言葉が出てこなかった。
「結婚、するんだろ」
 ふいに、土方がそう呟いた。
「誰にそんなこと、」
「…いや、噂を耳にしてな」
(誰が言ったんだ)
 と銀時は眉を顰めた。これでは自分の気持ちを伝えるどころではない。まずはその誤解から解かねば。
「それただのデマだって。俺にそんな予定ねーよ」
「でも付き合ってるやついんじゃねェか」
 慌てて否定すると、間髪入れずに土方はそう言った。
「それも…まあ、違うんだよ。いや、違わねーけど、その…一週間だけっていう約束だったんだ。それにさっき振られたし」
 しどろもどろで説明すると、びっくりしたような顔でこちらを見ていた。
「一週間だけ?どういうことだよ」
「いや、相手の女がそういう条件出してきたんだよ。最初断ったんだけど、どうしてもって言うから。でも結局駄目んなっちまったな」
「………」
 沈黙が痛い。自分でも、情けない男の台詞だと重々承知している。事実を言っているけれど、これでは明らかに自分の優柔不断さが招いた結果だと思われそうで(実際そうなのだが)せめて「情けない男」という認定はしてほしくないと言い訳しようとしたその時。
 いつのまにか俯いていた土方から、ぽつりと小さな声が聞こえた。
「……のか」
「ーーーえ?」
「付き合ってくれって言われたら、オメーは好きでもないやつと簡単に付き合うのか」
 意外と潔癖そうな土方が言いそうなことだと思ったけれど、非難するような響きはみられなかった。寧ろ…
(お前、俺の事)
 どうしてその時、分かってしまったのだろう。
 白い横顔を見つめながら、銀時は土方のひた隠しにしてきたであろうその気持ちに、気付いてしまった。
 だって、自分もずっと、そうだったから。

「ーーーなあ、約束してくれよ」
 その言葉に、土方が顔を上げる。
「お互い、ずっと独りでいるって。でも、寂しくなったときは、慰めあってよ。…もしそれがずっと続くようだったら、どうせなら死ぬまで一緒にいようぜ」
 寂しいもの同士、一緒に居ればきっと孤独なんてどこかに消える。
「…独りでいるのと、一緒にいるのは矛盾してるだろ」
「でもまあ、そういう感じだろ、俺たち」
 苦笑しながら言った土方に、銀時はそう返した。そう言うことで逃げ道を作った銀時だったけれど、次に放たれた言葉によってその道も塞がれた。
「ーーー俺はどうせなら、最初から二人一緒がいい」
 その時初めて、銀時の寂しい心が、満たされたような気がした。

「ちょっと、手ェ貸して」
「は?なんで」
 いいから、と戸惑う土方の左手を無理矢理掴んで、ーーー噛み付いた。
「っ!なにす…っ」
 痛みに顰められた顔が、次の瞬間真っ赤に染まった。
「…これでずっと一緒だ」
 顔を赤くしたまま、土方は右手で、左手のその部分をさすった。
 失敗して第一関節と第二関節の間になったけれど、左手の薬指にはしっかりと赤い跡がついている。
「あーあ。俺から告白するつもりだったのによォ。全部お前に持ってかれちまった」

 銀時の言葉に、ますます土方の顔は熱を上げた。
(でも、最高の殺し文句だったぜ)
 きっと一生忘れられないだろう。


 これからどれだけの間二人でいられるか分からないけれど。
 死ぬまで二人の心はつながっている。
 その証は、見えないけれど、確かにそこにあった。


 
 
 
 
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