わるいことしよう
彼の瞳には映るものと映らないものがある。
それはもちろん彼が好きなものと、好きではないものであって。恐らく僕は好きではないものの部類に入るのだろう。
理由としては明確。
彼が僕に微笑んでも、それは上辺だけであることはどう見ても分かる。それに、何故か彼が虎徹さんを見るときの表情と僕を見るときの表情は明らかに違っていた。
そう。なにかまでは分からないが、確かに彼は虎徹さんを見るときその瞳で、思考に意識しているのだ。
それを知ったとき、僕は彼に強い執着を覚えた。最初は大切な相棒である虎徹さんに対してのものだと思った。しかし、虎徹さんに抱く思いとは別に、彼に対してだけの感情があった。
腹の底で渦巻く濁った水が、ふつふつと沸き上がる感覚。それはきっといい感情ではないだろう。嫉妬、怒り。そんな物達の仲間だ。
しかし、これが恋愛感情なのかと聞かれればまた別なのかもしれない。
容姿的に考えれば、それなりに綺麗な顔立ちで範囲内にも入る。それに、時折不意に見せる仕草にどきりとさせられることもあった。だが、それでも僕はただ彼に僕を認識させたいのだと思う。彼の気を引くような事をして、僕はここにいるのだと教えたいのだ。この感情に名前をつけるとしたら、独占欲とつけるべきだろう。
全く、幼い感情だ。相手を縛りつけたいなど、相手を振り向かせたいなど。
だが、僕にはどうしても彼が虎徹さんに向ける表情が許せない。どうして僕には向けないのだと、その細い手首を捻り上げたくなる。
「ペトロフさん」
目の前に立ち尽くす彼の名を呼ぶ。
彼は酷く僕を軽蔑するような表情を浮かべていた。それは、誰も見たことがないだろうもの。彼の感情そのものだ。
「ペトロフさん」
もう一度名を呼んで白い肌に唇を寄せる。微かに香る甘い匂いは、彼がつけている香水なのか。それとも彼自身のものなのか。
くらくらと酔いしれる様に僕は彼を抱きしめる。
「貴方は、一体こんなことをして…」
どうするつもりなんですか。と小さな呟きが聞こえたが、そんなことはどうでも良かった。彼が僕を意識している。目の前の出来事に心を動かされている。そう考えるだけで胸の高鳴りが大きくなる。
「嫌なら抵抗してくださいよ。男に襲われていますって、そう声を上げればいいでしょう」
わざと見せ付ける様に白い肌に侵略の証をつければ、それは美しい程よく映える。むしろもっと付けてくれと聞こえた気がして、ならばもっとつけてやろうと唇を移動させる。
「…っ」
小さく声を漏らすのが堪らない。
もっと声を出させたい。もっと顔を歪めて欲しい。見たことのない彼を、誰にも見せない彼の姿をもっともっと見たい。
「ねぇ、ペトロフさん」
くつくつと笑いが溢れる唇を引き結び、顔を上げる。彼の瞳は僕しか写していない。
ああ、それだけでこんなにも気分がいい。今までの苛立ちが嘘の様だ。
「こうすれば、貴方は僕を見てくれるんですよね?」
掴んでいた彼の腕が、小さく抵抗を見せた。ほら、やっぱりそうでしょ。こうすれば意識してくれる。
「貴様は間違っている」
彼の唇はそう動いたが、瞳は殺してやると言っていた。
ゆっくりと彼の感情が牙を剥いて僕に突き刺さる。牙が突き刺さる傷口からは赤い血が溢れ、熱に変わる。
こんなにも底が分からない幸福感はあっただろうか。こんなにも口端が吊り上がるのはこれが初めてだ。
ああ、彼の唇が、瞳が歪む。僕の感情も歪めて、このまま深い熱の中で。ゆっくり、ゆっくりと交わればいい。
「もっと僕を見て、ペトロフさん」
上擦る声が喉を震わせて、僕はもう止まるという言葉を忘れる。彼の全てを知るまで。彼を侵略仕切るまで。
「 」
だけど、あの時彼が虎徹さんに見せたあの表情は。
ユーリと、呼んだ彼を思い出して頭痛がした。彼がこの裁判官にさせた表情が、僕にはさせられない。そう悟らされる瞬間が怖い。駄目だ。思い出すな。それは違う。
だって、彼は僕の目の前でこんなにも誰にも見せたことがない表情をしているのだから。
だから、例え貴方が僕じゃない名前を呼んでも止めてあげない。もう、僕しか思い出せないくらいいっぱいわるいことをしてあげる。そうすれば、僕は唯一貴方が嫌いなものの中で、たった一つの意識するものになれる。
企画様に捧げます。また勢いだけなのでぐだぐだ…。でも書いてて楽しかったです
企画:theMOON様
お題:青様